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複雑系経済学2004


これは、大阪市立大学大学院創造都市研究科の2004年度後期の展開科目のひとつして講義されたものです。                2005.4.7 塩沢由典


参考 各回の主題
第1回 われわれを支配する経済思想(講義全体への案内)
第2回 IMFの思想と実態
第3回 「均衡」という枠組みの問題点
第4回 交換の原理について   演習問題 付録 交換の原理の証明
第5回 貨幣的経済学   補足 (1)貨幣と金融、(2)有効需要の原理
第6回 経済と社会  参考 岩田昌征のトリアーデ他
第7回 ルーティンの束としての企業と経済  資料:会計規則、ハイエク、二つの秩序
第8回 U−Martの紹介 
第9回 金融工学と金融市場
第10回 薄い市場の運営
第11回 市場の分類学
第12回 市場の情報効率性
第13回 進化経済学に向けて これからの課題
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                        複雑系経済学第1回 2004.10.9

われわれを支配する経済思想

                                塩沢由典

(1)「規制緩和」という思想

@規制緩和(市場でできるものは市場へ)
A「規制緩和」に対する期待過剰と反発
  ×「規制緩和で景気回復」 ×市場主義=市場至上主義への反発
B市場主義への反発はただしいか、よく理由付けられているか。
  ×感情的な反発 ×事実を知らない。 ×十分考えていない。 ×空想社会主義
C経済学と経済思想史
  ×主流の経済学 ×経済思想史・経済学説史(現代にまで切り込めていない)

(2)経済思想の変遷

@経済思想の驚くべき変化
50-60:社会主義が理想
60-70:反市場主義:ケインズの調整経済
70-80:市場主義に移行:サッチャー・レーガンの経済運営、新古典派経済学の時代
80-90:社会主義とイデオロギー対立の崩壊、グローバリズムの進展、市場主義の容認
90- :ポスト工業化社会
     (東京大学新領域創成科学研究科・大和裕幸教授講義資料を一部修正)
A1960年代のケインズ政策 
「近代経済学」 あたかも確立した理論のように 20年の歴史

(3)経済学の問題

@経済学で考える。しかし、しっかりした経済学が必要。
・わかり安さで学問を判断していはならない。
・J.ロビンソン(1955)
「経済学を学ぶ目的は、経済の問題に対して一連の出来合いの答えを得るためではなく、どうしたら経済学者に騙されないかを学ぶことである。」
・高増明・竹治康公『経済学者に騙されないための経済学入門』ナカニシヤ出版、2004
A新古典派経済学vs.多種多様な経済学
・新古典派経済学 もっとも緻密に論理化されている(例:アローとドブルー)。しかし。B経済 しろうとわかりがする。
直観は正しい。しかし、きちんと構成されていない。
体系的に考えられていない。(空想社会主義の起源)
C複雑系経済学
・経済理論の枠組みを変える。
・市場経済の働きをただしく理解する。


☆参考文献☆

ヤーギンとスタニスロー『市場対国家―世界を作り変える歴史的攻防』〈上〉〈下〉
日経ビジネス人文庫 価格: 各¥900 通常2日間以内に発送

☆来週のための参考文献☆
ジョセフ・E.スティグリッツ 『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』鈴木主税訳、 単行本 価格: ¥1,890 通常24時間以内に発送 新品/ユースド価格 : ¥650
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                        複雑系経済学第2回 2004.10.16

IMFの思想

                                塩沢由典

(1)ワシントン・コンセンサス

IMF、世界銀行、アメリカ財務省の間の合意事項
責任者は、おおむね、米欧の金融界の利害代表
本来は、世界経済・通貨体制の安定、途上国の経済発展を目的とする。
現実には、市場至上主義。
「市場の自由な裁定に任せれば、もっともよい状態が生まれる。」
「規制をなくし、市場を自由化すれば、経済は自動的に発展し始める。」
と考える。

(2)IMFのやってきたこと:Conditionality(融資条件)

IMFが融資する場合に受入国に課す履行条件
内容:緊縮財政/民営化/市場の自由化
  (貿易の自由化、資本市場の自由化、外国銀行の参入、など)
数量:時に100以上もの条件が付く。予定表が付属する。
方法:相手国訪問前に報告書草稿を作成。定型文書の使いまわし。
背景:第2次大戦後のラテンアメリカ諸国には妥当だった(スティグリッツ)。

☆具体的にどんなひどいことが起こったかは、スティグリッツの本を読むこと。

(3)市場至上主義はなぜ生まれるか

政治的背景 アメリカの保守主義 世界規模での動き
イデオロギー(スティグリッツ)
経済学(新古典派の経済学)にも原因=>
  経済は、自動的に調整される。
  経済は、自動的・急速に調整される。

(4)新古典派の経済学

需要・供給曲線の交点により価格と数量が決まる(価格均衡理論・最適行動)。
かなり広い範囲で均衡の存在がいえる(Arrow & Debreu)。
市場を支える制度や効率をもたらす行動への視点なし。
非現実的な仮定による構成。代替する理論が現れないかぎり、消滅しない。

(5)旧社会主義国での市場経済化

ショック療法(ポーランド、ロシア)vs.漸進主義(ハンガリー、中国)
経済への国家の介入をやめれば、市場は復活する/活発化さる?

☆経済を諸制度が支えている。
経済成長は、商品・行動・技術・制度・企業の進化による。

(6)複雑系経済学・進化経済学

新古典派に対抗する経済学。制度・行動・気風を問題にする。
ショック療法は、なぜ誤りか。


参考文献:J.E.スティグリッツ 『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』
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                        複雑系経済学第3回 2004.10.22

「均衡」という枠組みの問題点

                                塩沢由典

(1)「一般均衡」の定義

状況 任意の数の家計L人 任意の数の企業M社 任意の数の財(・サービス)N財
仮定 各人・各企業が任意の価格体系(p=(p1,p2,・・・,pN))に対し、それぞれの財   について超過需要(需要−供給)をもつ(dk=(dk1,dk2,・・・,dkN))。
均衡 ある価格体系pにおいて、すべての家計と企業の総超過需要が0ないし負。超過供   給の財では、価格は0。 p・(Σdk h=1・・・L+Σdk i=1・・・M)=0.
定理 家計の効用関数と財・株式の配分、企業の生産可能集合に関するある仮定のもとに   均衡が存在する。(ArrowとDebreu, 1954)

(2)新古典派経済学と一般均衡理論

新古典派経済学 一般均衡、部分均衡で構成される経済の分析理論。
内部での議論  一般均衡理論の構成の非現実性は認め、普通は部分均衡により分析。し  かし、全体をまとめる理論は存在せず、一般均衡が依然として標準理論に留まる。

(3)均衡理論の市場像

@すべての財について中央取引市場が存在する。
Aすべての財について需給一致が成立して、初めて契約が成立する。(ワルラス型市場)B貨幣は、第N+1番目の財でしかない。(貨幣がなくても、均衡は成立。)
C企業は売りたいだけ売れる(ある価格で供給したい量が決まっている。)。
Dすべての財・サービスの需給が一致する。<=>完全雇用が自動的に成立する。
E所有権と交換の決済制度さえ確立すれば、経済は制度や行動によらない。
  (財の存在状態・消費者の選好・技術のみから経済状態が決まる。)

(4)市場至上主義はなぜ生まれるか

経済学(新古典派の経済学)にも原因=>経済は、自動的・急速に調整される。
○どんな国であれ、自由化を進めれば経済は発展する。
○市場経済への移行には、計画・指示・規制を廃止し、企業を民営化すること。

(5)複雑系経済学と進化経済学

@過程分析    時間の流れの中でのすなおな分析
A相対取引    分権的な取引、取引市場を典型としない。
B定型行動と進化 最大化(最適化)ではなく、習慣的な行動が改善されていく。
C行動・商品・技術・制度・企業は進化する。(真似るにも、時間が必要)

(6)過程分析・相対取引という枠組み

@逸脱増幅機構  
金融不安定性    為替レートの大幅変動への圧力
株式市場の価格変動 なぜ数パーセントにもおよぶ大きな価格変動が生ずるか
銀行行動  借りたいときに貸さず、必要ないときに押し付ける。

A貨幣の役割

カルビーの原理(D. Patinkinの原理)
 「100円でCPCは買えますが、CPCで100円は買えません。あしからず。」
反「セイ法則」 新製品の供給は、なぜ需要を生まないか。
ケインズの「有効需要」理論
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                        複雑系経済学第4回 2004.10.30

交換の原理

                                塩沢由典

(1)リカードの比較生産費説

貿易の利益 これはなにも国を超えた交易に限らない。
地域と地域、企業と企業(カントロビツチ)、個人と個人(エッジワース)でも同じ。
    「複雑系経済学の現在」=>定理1と定理2
しかし、短期的には問題がある。失業と廃業が生ずるかもしれない。
☆注 一般均衡理論には、失業も廃業もない。

(2)交換の原理

交換により、それ以前よりも関係2者の所有物に対する評価を高めることができる場合がある。定理1と2とは、そのような可能性が幅広く存在することを保証している。

例題
甲 持ち物=(2,2)  評価ベクトル=(3,1)
乙 持ち物=(2,2)  評価ベクトル=(2,4)
このとき、甲が乙に第2財を一単位、乙から甲に第1財を一単位譲渡する。
交換以前           交換後
甲 2×3+2×1= 8   甲3×3+1×1=10
乙 2×2+2×4=12   乙1×2+3×4=14

別紙:演習問題(各自やってみること)

(3)相対取引(あいたいとりひき)

[1]ある財はもっているが、他の財はもっていない場合には、いかなる交換比率によっても、2者の手持ち財の間の交換では、両者の所有物の評価を高めることができない場合がある。 =>演習問題の問題4の(2)
[2]そのような場合にも、別の財を借りてきてくること[信用による貸借]ができれば、何回かの相対取引により、関係するすべての人の所有物の評価を高める系列が存在する。 =>証明省略。
[3]貨幣という財は、以上の取引における信用供与の役割の代わりをしていると考えられる。

(4)相対取引の意義

[1]市場経済では、2者の合意さえあれば取引が成立し、そのような行為の連鎖によって、全体として状態を改善していくことができる(とくに貨幣経済の場合)。自由な交換を否定すると、ソ連のような中央指令型の計画経済(指令経済)か、旧ユーゴスラビアのような協議型経済となる。
[2]指令型経済では、経済活動の自由ばかりでなく、政治的・社会的・文化的活動の自由も結局は制約されることになる。

☆注 すべてを構成員の協議に基づく社会というものを想像することができる。ユーゴスラビアの社会主義は、協議を社会的合意形成の基本に置こうとしていた。しかし、多数の人間から構成される社会では、協議で決められる範囲は限られる。そこで、ユーゴでは、企業と企業の取引は市場(相対による自由な交換)に任せ、企業内部の労働組織の配分と地域の最低限必要な再配分とを協議により決めていた。
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                        複雑系経済学第5回 2004.11.13

貨幣的経済学(Monetary Economics)

                                塩沢由典

(1)既存の「貨幣論」のずれ

・貨幣の起源を明かせば、貨幣の役割が解明できるという誤解
・貨幣経済学=金融論(金融経済学)という誤解
  金融論 銀行制度を中心とする制度の解説と歴史+信用にかんする議論
・金融工学 ほとんどは資産選択の話 経済全体にどう影響するかの考察なし
[参考]スティグリッツとグリーンワルド『新しい金融論/信用と情報の経済学』
(Towards a New Paradigm in Monetary Economics)東京大学出版会
ヒックス『貨幣と市場経済』(A Market Theory of Money)東洋経済新報社

(2)市場経済における貨幣の役割

貨幣で買うのは、売るより容易なのはなぜか。
売買の非対称性(カルビーの原理)は、なぜ生ずるのか
貨幣は、一般的価値の担体。メンガー:もっとも販売力の強い商品。

成り立たない経済:貨幣概念のない経済、物不足経済(計画経済=>固定価格、賃金過剰)
成り立つ経済:ほとんどの市場経済
 [1]貨幣でなんでも買える。(=>構造化されている。)
 [2]分業社会 生産者は特化、需要者はより広範に分布
 (1対多数:売手を見つける方が買手を見つけるより簡単)
 [3]利潤追求、収穫一定あるいは逓増=>一定価格でより多く売りたい。

☆散逸構造(Prigogineその他、平衡から遠く離れた安定した構造)
分かりやすい例:火の付いた蝋燭、台風、人間の経済(資源を掘り出し、廃棄する。)
☆こういう状況は、均衡としては表せない。

(3)有効需要の原理

一定の価格体系において、生産数量を決めるものは需要者の考える必要量。
企業水準で考えると:スラッファの原理
  生産量増大の制約となる主要な要因は、企業に表明される売れ行き(有効需要)の限  界にある。この限界をより大きくすることが「営業努力」(狭い意味)。
経済全体で考えると、
  I+C+E(ベクトル)が所与と考えると y≦yA+I+C+Ex−Im.
(ここで、Iは投資、Cは消費、Exは輸出、Imは輸入とする。Aは投入係数行列。)
もし、Cが賃金総額の一定量であるとすると
 <C,p>=<t・d,p>=(1-c)w・<y,a0>. C=(1-c)w・<y,a0>・d
ただし、単位消費バスケットは賃金総額の増減によって変化しないとし、<d,p>=1とする。
 このとき、y−y(A+(1-c)wa0・d)≦I+Ex−Im.これより
   y≦(I+Ex−Im){1−(A+(1-c)wa0・d)}^(-1).
経済全体の生産量、したがって雇用量を増加させるにはI+Ex−Imを増大させることが必要。しかし、経済状況が悪い(不況だ)とIは縮小しやすい。輸出ドライブの原因。

(4)貨幣と信用

一定の期間を均せば、収支が均衡していても、短期的には債権・債務関係に陥る。
信用の供与は、経済の循環を可能にするが、破綻・債務不履行の危険が生ずる。
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                        複雑系経済学第6回 2004.11.20

経済と社会

                                塩沢由典

(1)経済システムの3類型

     統合原理 理念  管理   病理  象徴死  調整機序 主領域
市場経済 交 換  自由  財産権  不安  自殺   相対取引  私
計画経済 再分配  平等  権 限  不平  他殺   ヒエラルヒ 公
協議経済 互 酬  友愛  自主管理 不和  兄弟殺し 調整会議  共
   [主として岩田昌征(1983)『現代社会主義の地平』日本評論社による。]

○市場経済の強みは、私利・私欲を是認して、不断の改善・改良を個人ないし私企業に任せたところにある。

○その構成原理は、財産権にある。21世紀の知識社会において、知識は「知的財産」という概念で処理できるのか。


(2)自由と民主主義の基盤としての市場経済

前提としての知識
 共産主義の理念:民主と平等と計画(「計画経済」という言葉はMEにはない)
 民主社会主義:Cf.渡辺秀美「社会民主主義の理念を考察する」(補足資料)

市場経済と自由
財産権の範囲内で、自由な処分を認める。
国家は、法律に基づき、社会の安全と公正(と平等)に専念する。
 教育、安全、国防などを担うため、最小限の税金を強制的に徴収する。
問題点 貧富の格差 社会思想の退廃傾向 消費優先主義(環境問題など)

市場経済と民主主義
個人・企業は、市場における取引において原則として対等。
ヒエラルヒに基づく社会でないため、民主的な関係が維持しやすい。
宣伝装置の私有=>自由な言論活動vs.言論機関の社会的所有(実質的な規制)
問題点 「工場の門前で民主主義が立ち止まる」
Cf.熊沢誠『新編民主主義は工場の門前で立ちすくむ』現代教養文庫 (1494)


(3)経済発展と民主主義

開発独裁 ソ連・中国・マレーシア・インドネシア・などなど
  開発独裁か、民主主義か。=>慶応大 湘南藤沢C Open Reserach Forum発表
軍事クーデタと独裁 コルバチョフ末期、なぜ軍部はクーデタに訴えなかったか。

民主主義が経済発展に寄与する歴史もある。
 イギリス名誉革命、アメリカ独立革命、フランス革命、明治革命
ロバート・D・パットナム(2001)『哲学する民主主義』NTT出版
Greif, A. (1998) Genoa and the Maghribi Traders: Trust, Commitment, and the Institutional Foundations of States and Markets. Historical and Comparative Institutional Analysis, CUP.
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                         複雑系経済学第7回 2004.11.27<

ルーティンの束としての企業と経済

                         塩沢由典

(1)習慣的行動(ルーティン行動)

○(比喩的にいえば)われわれは99パーセント、習慣的に行動している。
○組織経営への意義 ルーティンで動く組織
Stafford Beer「企業は通常自律的に動いており、経営者は「例外に基づいて」干渉する。」(『企業組織の頭脳』p.157、塩沢『複雑さの帰結』第1章)
○組織革新と企業の自律機能
 自律機能が上手く動くように革新する。「定着する」ことの必要と意義。

(2)定型的な処理

○事務処理 受注=>発送=>集金 これらの処理手続きの大部分は定型化されている。
例:帳票 これを埋めていくだけで必要十分な事項が網羅される。
○会計制度
 記帳・仕分け=>財務諸表(損益計算書、貸借対照表)
 この手続きを決めるのが、会計規則
 安定した会計規則により、安定した計算がなされて、比較が可能となる。
○業務規則・業務手続
 報告・指示・決定・会議

(3)会計制度の進化

○国家機関が決めるものか、民間団体が決めるものか。
IASC議長トーマス・ジョーンズ「理事に選ばれるために、独立機関の設定が不可欠」○制度進化の要因
 @状況の変化(石油試掘費、研究開発費をどう償却するか。)
 A企業行動との共進化
Creative accounting、オフ・バランス金融、粉飾(まがい)決算 
Cf.「会計制度と市場の共進化」澤邊紀生(進化経済学会2003Autumn Conference)
Cf.日経新聞『米国成長神話の崩壊』、福島清彦『暴走する市場原理主義』

(4)制度設計

○複雑系経済学・進化経済学
よい制度設計を 経験の裏づけのある漸進主義
参考=>平井俊顕
○設計主義(Constuctive Rationalism)
ハイエク Constuctive rationalism vs. evolutionary rationalism 参考=>John Marks
"the result of human action, but not the execution of any human design"
(Adam Ferguson, An Essay on the History of Civil Society)
○ Reinhold Niebur's serenity prayer「平静さの祈り」
God give me the serenity to accept things which cannot be changed;
Give me courage to change things which must be changed;
And the wisdom to distinguish one from another.
(Nieber 1932;Oetinger 18c;A card in 14c;Boetius, 5c)
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複雑系経済学 第8回 2003.12.4

U-Mart紹介


塩沢由典

(1)制度実験のための共通試験台

・U-Mart  Unreal Market as an Artificial Research Testbed

(2)U−Mart計画の概要

・J-30という株価指数の先物市場を作る。
・オープンな研究組識 
・全国15大学のネットワーク
・教育用のプラットフォームにもなっている。
・世界に先行する試み
・毎日新聞・大阪証券取引所・フィスコなどと協力

(3)U-Martの歩み

98夏: 創発シンポジウムでの塩沢講演(複雑系と経済)
99春: 進化経済学会大阪大会(大阪市立大学)でのプロポーザルセッション
99春-夏: U-Mart研究会スタート(東京・関西)
99秋: SICE情報系合同シンポジウムで構想+α発表
00春: U-Martシステムの公開デモ(SICE知能システムシンポ、進化経済学会)
 以下省略 配布パンフレットの最終ページ参照

○自分のパソコンでまず体験してみてください。


(4)社会科学の実験装置

・社会科学 「実験ができない」?
  19世紀末の社会科学者が唱えたこと
・歴史による実験
  20世紀の社会主義計画経済の実験
  巨大な犠牲
・実験経済学
  心理学=>個人の反応
  状況が静的なものに限定
・Multi−Agent Model Simulation

(5)第3の科学研究法

・第3モードの科学研究法     経済学における3つの方法
  理論 ギリシャの観想      文学的方法 古典派の時代
  実験 16〜18世紀      数学的方法 新古典派の時代
  第3の科学研究法        コンピュータ実験(Agent based simulation)
・第3の方法を育てあげること
  ことなる専門分野の研究者の協同
  小さな巨大科学
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複雑系経済学第9回 2004.12.11

金融工学と金融市場

      塩沢由典

(1)金融工学のアノマリー

金融工学への高い評価
 ノーベル経済学賞
金融時系列の特性
 金融工学と危機管理
 High peak, fat tail!そんなに問題か?
 東証平均株価終値の下落率
 Volatilityってなに?
 Levy安定分布
正規分布なら起こり得ない事象が数年に一回起こる。
 1997年7月以降のアジア金融危機
 LTCM 


(2)金融市場の経済学

経済行動をどう捉えるか
 CD変換
 株式投資の世界/投資家の心理
 テクニカル分析
 ファンダメンタル分析
金融市場の経済学?
 効率市場仮説
 市場は多主体複雑系
 複雑系研究の意義
経済物理学


(3)マルティ・エージェント・モデルの利点

最近の研究の紹介(1)
 ☆バブル期の出現☆
 高い頂点・厚い裾野
最近の研究の紹介(2)
 中島義浩(2000)「経済のゆらぎとフラクタル」 
 飽和しない


(4)次回:薄い市場の運営

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                        複雑系経済学第10回 2004.12.18

薄い市場の運営

                          塩沢由典

(1)薄い市場・厚い市場

○薄い市場・厚い市場
通常考えられる市場
 ニューヨーク証券取引所/東京証券取引所/FOREX (銀行間資金市場)/シカゴ商品取引 所/ロンドンメタルマーケット
これらの市場では、通常、値が付き、取引が行われる。

○薄い市場の定義
厚い市場
 申し込み数が大きい。
 ほとんどいつも値が付く。
 売買数量が大きい。
 値動きがある。
薄い市場
 一定期間における申し込み数が小さい。
 取引がなかなか成立しない。
 値が付かないことが多い。

○大阪証券取引所 第2部

○薄い市場:あまり問題にされない問題
経済学者はなぜ薄い市場を無視するのか。
正統派経済学の影響
 一般均衡理論は価格がつねに成立すると前提。存在のの証明まである。
自由財の原理:超過供給があれば価格は0となる。
薄い市場を研究する枠組みがない。


(2)薄い市場の運営

○薄い市場の運営
市場は組織費用(運営費用)必要とする。
 運営費用=固定費用+比例的費用
 市場利用者に利用料金を課す。
 全体費用がカバーされなければ、市場は維持できない。

二つの悪循環
 利用料金が高い=>利用率が低下する。
 薄い市場=>利用しにくい=>より薄くなる。

○薄い市場の運営:多くの経済にとって重要課題
世界の第2都市にとっての共通課題
 大阪、名古屋、札幌、etc.
途上国における共通課題
 小さな経済
 企業の資金調達難<=>証券市場の不在
小さな企業
上場できる閾値が低くなれば、より小さな企業に直接金融の途が開ける。


(3)新しい分析用具

○新しい分析用具
経済学の3段階
 古典派     文学的方法
 新古典派   数学的方法
 第3の研究法 コンピュータ支援による実験
エージェント・ベースのモデル
 現実市場のシミュレーション(和泉潔)
 仮想市場(U-Mart)
 コンピュータ・プログラムと人間が対等に参加
 ミクロ・ストラクチャーの影響を実証的に調べる。


(4)U−Martとミクロ・ストラクチャー

○実験の値動き

○人間による実験結果の一例

○薄い市場を意図的に作る
 かつて問題にされなかった課題
  現実の経済だったら不合理な要請
 仮想市場だからことできること
 薄い市場の運営する技術を開発
 あえて言えば
  ブラック=ショールズ式でノーベル賞
  薄い市場の運営技術が開発できれば、もつと大きな効果がある。


(5)マーケット・メーカーとその応用

○マーケット・メーカーとその応用
MMは、本当は、なにをしているのか。
MMの存在は、何か違いをもたらしているのか。
コンピュータ・プログラムによるMMは開発できるか。
MMプログラムにより、薄い市場を安価に運営できるか。

○薄い市場を作るには(仮想市場の場合)
マーケット・サーバーを変える。
機械エージェントを変える。
=>
MAMは、実験経済学に新しい領域を切り開く。
実験経済学:2002年ノーベル経済学賞
Vernon Smith と Daniel Kahneman


○マーケット・メーカー・ロボット
絶対的なMMは、不可能だろう。
 情報へのアクセス構造が違うことによる利得
 手数料を取れば?
現実的に機能するMMはプログラムできる?
 いろいろな場面で実験してみる必要がある。
 いつかは破られるかもしれない。
 じつは人間でも同じでは。
マーケット・メーカー・ロボットによる市場運営
 低い運営費=>薄い市場の流動性確保
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                        複雑系経済学第11回 2005.1.8

第11回 市場の分類学

                        塩沢由典

(1)さまざまな取引形態

取引市場
 片方向  青果・鮮魚・オプション 双方向  株・先物
相対取引 T.売手が価格設定 U.買手が価格設定 V.売手と買手が交渉

(2)取引市場の成立要件

                       Cf.前回「薄い市場の運営」
板の厚い市場
 多数者の参加 頻々な取引 全体として頻繁 一人一人は間遠な注文でよい。
上場対象(証券取引所・商品取引所)
 均質な商品 銘柄、品目・等級
取引形態(青果・鮮魚)
 現物目視 一品ごとの競り

(3)相対取引T 定価販売

形態: 売手が価格設定 買手が数量決定
観察例: 小売店、飲食店、劇場など
要件: 売手より買手が多数 売手 恒常的販売・専門家 買手 間歇的・最寄品

(4)相対取引II 建値買付け

形態:買手が価格設定 売手が数量調節 
観察例:産地問屋、テイクオーバビッド
要件: 買手より売手が多数 買手少数、専門家/相場観

(5)相対取引III 価格交渉

形態: 交渉による値決め
観察例: 工場間取引(特注・特約) 途上国の市場
要件: 売手・買手 一人〜少数 非定型・一品・あつらえ・特殊商品

(6)形態をきめる要因?

取引費用/時間費用
 We have enjoyed selling.(東 洋)
 三井高利 現銀掛値なし(1673年 江戸日本橋に越後屋呉服店開業)
競争的環境
 需給状況
 需要の発生頻度
 関係アイテムと生産者数
取引費用負担をだれがどう組織するか

(7)取引形態の変化は「相転移」?

制度の進化経済学
分類学・博物学=>説明理論へ?
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                        複雑系経済学第12回 2005.1.15

市場の情報効率性

                       塩沢由典

(1)効率市場仮説(Efficient Market Hypothesis)

Famaの定義
 強い仮説:未公開情報を得ても市場平均を超える特別利益をうることはできない。
 半ば強い仮説:公開されている情報を分析しても、特別利益を得ることはできない。
 弱い仮設:過去の株価時系列を分析しても、特別利益を得ることはできない。

含意
 強い仮説:インサイダ情報を得ても儲けられない。
 半ば強い仮説:ファンダメンタル分析によっては儲けられない。
 弱い仮設:テクニカル分析によつては儲けられない。

ここで、「特別利益」「儲ける」は、市場平均以上の成績を長期に(恒常的)に得ることをいう。一時的な成功は、偶然とみなされる。


(2)裁定はどこまで確実か

○完全な裁定
・株式指数と指数先物
・通貨の3角取引

○裁定が働かない市場
・ロイヤル・ダッチシェルの株価
・カントリファンドの値段
  例:スペイン


(3)さまざまなアノマリー

・株式分割による株価の上昇
・1月効果
・週末効果
・インデックス銘柄になることの効果
・クローズドエンドファンドのプレミアム


(4)ユーフォリーとブーム、崩壊

○バブルの歴史
キンドルバーガー『熱狂、恐慌、崩壊/金融恐慌の歴史』日本経済新聞社、2004年、2940円
チャンセラー『バブルの歴史/チューリップ恐慌からインターネット投機へ
』日経BP社、2000年、2520円。

○なぜ、バブルは繰り返されるのか
逸脱増幅機構が組み込まれている。
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                           複雑系経済学 第13回

進化経済学に向けて

                           2005.1.22 塩沢由典

(1)進化経済学

○歴史
アメリカの制度派(Th. ヴェブレン、コモンズなど)以来の伝統をもつ。
シュンペータ学派も進化経済学を名乗っている。

○日本の進化経済学会
1997年発足。欧米の進化経済学会との違いは、工学・複雑系・経済物理学などの参加があること。

○仕事
EIERの創刊、『進化経済学ハンドブック』

(2)なぜ、進化経済学か

○観察
経済の重要なカテゴリーの多くは、「進化するもの」と捉えられる。
例:商品、行動、技術、制度、組織、システム(市場など)

○なぜ、進化するのか
複雑さが関係。
複雑系経済学は、進化経済学の原理論。

○制度の創発と進化
今期の前半にやったことも、進化経済学の固有領域。
市場原理主義ではなく、市場経済の進化と創発を目指す。

(3)経済学の可能性

衰退期の学問  経済学vs.経営学 (数学vs.計算機)
反省点:@「数学化できることが理論」といった風潮 A社会のあり方へのメッセージ
市民の教養としての経済学
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