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複雑系経済学の現在

塩 沢 由 典  .

塩沢由典他編
『経済学の現在(1)』日本経済評論社、2004年11月
第2章

補足:定理1の証明
1.複雑系経済学の歴史
複雑系の思想
経済学における反省
日本における複雑系ブーム
さまざまな立場
2.諸学問における位置と関係
一般均衡理論の枠組み問題
最適化と決定の数学
社会科学の基礎として
3.経済行動
複雑な状況における目的行動
進化と行動
熟練と組織行動
定型行動の基本構造
習慣的行動と純正の決定
4.過程分析
時間因果の尊重
定型行動と過程分析
調整の時間尺度
価格調節と数量調節
5.結合関係
緩やかな結合系
切り離し機能
所有制度
6.経済の原理
交換の原理
学説史に関する注意
価格と等価交換
分散した知識の有効な利用
価格と技術選択
7.競争の原理
8.選択と進化
選択の水準
前提とすべき状況
進化するもの
過剰適応・過剰学習
9.知 識
支えとしての知識
知識の共同体
10.経済システムの特性と経済学の方法
経済のシステム特性
自己組織するシステム
ミクロ・マクロ・ループ
構成的方法の破綻
11.新しい分析用具
数学的方法を越えて
第3の科学研究法
エージェント。ベースのモデル分析
今後の課題


[定理1の証明]

ふたつの凸錐C(a)、C(b)が原点を除いて共通部分を持たない。ひとつの座標のみで1、他は0となる点を結ぶ超平面をΠとしよう。二つの凸錐との共通部分を考えると、C(a)∩Π,C(b)∩Πは、Πの閉凸集合で共通点を持たず、かつC(a),C(b)は元の空間の非負象限に包含されているから、有界である。強い分離定理(たとえば、参考文献[1]、定理5.9)により、超平面Π内で、C(a)∩ΠとC(b)∩Πを強く分離するΠ内の超平面(余次元2の超平面)Ψが存在する。超平面Πは元の空間の原点0を含まないから、もとの空間において原点0と超平面Ψとを含む余次元1の超平面Σで、凸錐C(a)、C(b)を強く分離する超平面Σがある。このとき、Σへの法線ベクトルsが存在して、C(a)に属する任意の0でない縦ベクトルuについて<s,u>>0、C(b)に属する任意の0でない縦ベクトルuについて<s,u><0となる。このとき、
  a'=a+s、b'=b−s
とおけば、
  <a',va> > <a,va> かつ <b',vb> > <b,vb>
となる。じっさい、vaがC(a)に属することから
  <a',va> = <a,va>+<s,va> > <a,va>。
第2の不等式も同様に示せる。

 もしベクトルa、bが正のベクトルならば、ベクトルsの大きさを適当にとれば、ベクトル a'=a+s、b'=b−s はともに非負ベクトルとなる(必要ならば、sに小さな正の数εを掛ければよい)。ベクトルsを二つの非負ベクトルの差s(+)−s(−)となるよう分解しよう。このとき、甲から乙にs(−)を委譲し、乙から甲にs(+)を委譲する交換により、甲の所有ベクトルはa'に、乙の所有ベクトルはb'となり、それぞれva、vbにより評価してより高い値を得る(これが系の場合にあたる)。

 問題は、ベクトルa、bがある財について0となる場合である。s=s(+)−s(−)とするとき、s(+)は乙から甲へ、s(−)は甲から乙への委譲分となる。ただ、もしs(+)の正の要素がbの0要素、s(−)の正の要素がaの0要素と同じ番号になるなら、委譲は無からある一定量の移譲ということになり、実現することが不可能となる。しかし、そういうことは起こらない。

 ベクトルsの要素が正となる番号、つまりs(+)の要素が正となるひとつの番号をjとしよう。第j財は、乙から甲へと移譲される。乙の所有ベクトルbの第j要素は正となることを示そう。ベクトルbの0要素の集合をSb={j1,j2,・・・,jM}としよう。定義からC(b)には、e(j1)、e(j1)、・・・、e(jM)が含まれる。ただし、e(k)は第k要素のみ1、他の要素は0というベクトルである。もしj∈Sbとすると、ベクトルsのとり方から、Sbの任意の番号jについて<s,e(j)> < 0。これは、sj が正であることに無住する。したがってj∈|Sb。ここにbは非負ベクトルでbj≠0。よってbj>0。これは、番号jにつき、ベクトルbの第j成分bjが正であることを意味する。ベクトルsの要素が負となる番号kについては、ベクトルaの第k成分が正であることも同様に示せる。

 以上でs(−)の正の要素番号はaの正の要素番号であり、s(+)の正の要素番号はbの正の要素番号であることが示せた。もし、ベクトルsの要素でaあるいはbの要素より絶対値の大きなものがあれば、小さな係数εをベクトルs全体に掛けることにより、sの要素で0でないものは、その絶対値がaあるいはbの同じ位置の要素の値より小さくすることができる。そのようにsを取り直したとき、交換を再定義すれば、この交換は非負ベクトルの範囲で実現可能となる。(証明終わり)

参考文献
[1]田中謙輔『凸解析と最適化理論』牧野書店、1994.



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