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国際貿易論 2009年度前期
リカード・スラッファ貿易理論


これは、京都大学大学院経済学研究科・同経済学部・経営管理大学院の講義としてのひとつとして講義されたものです。添数などがすべて簡略化されていてなれないと見にくいこと、ご容赦ください。補足資料として配布した図表などは、すべてPPT文書の貼り付けです。面倒の段、これもご容赦ください。  2009.7.6 塩沢由典


第1回 国際貿易論とは、どんな学問か
第2回 HOS理論は、なぜ国際賃金格差を議題にできないか 参考図
第3回 HOS理論の問題点/理論的な問題点・証拠との整合性
第4回 国際貿易論における対立と評価
第5回 2国2財と2国多数財の一般理論(労働投入のみの場合)
第6回 3国経済の競争と競争パタン
第7回 3国3財の場合の図解法 参考図
第8回 3国3財の場合: 賃金率と生産可能集合の極大面 参考図
第9回 原材料の投入と貿易
第10回 リカード・スラッファ型貿易経済の一般理論 参考図
第11回 リカード・スラッファ貿易理論の展開(その1)
第12回 リカード・スラッファ貿易理論の展開(その2) 参考図
第13回 地下資源・風土と技術係数
期末レポート課題


ここで紹介されている貿易理論の全体像は、以下の2論文で展開されています。
Shiozawa, Y. 2007 "A New Construction of Ricardian Trade Theory/ A Many-country, Many-commodity Case with Intermediate Goods and Choice of Production Techniques"
Evoluitonary and Institurional Economics Review 3(2) 141-187.
塩沢由典 2007 「リカード貿易理論の新構成/国際価値論のためにU」『経済学雑誌』第107巻第4号1-63ページ、3月20日。

また2008年度後期に行った「国際貿易論」の講義要旨もごらんにいただけます。


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国際貿易論 第1回

国際貿易論とは、どんな学問か

                            2008.4.13 塩沢由典

(1)経済学に占める国際貿易論の位置

○国際経済学の2部門
国際貿易論と国際金融論

○理論と応用
国民経済学と国際経済学

国際貿易論は、応用経済学か?

○国民経済学(一国の経済学、閉鎖経済の経済学)と国際経済学
どこか違うか?

各国間の通貨と賃金率とが異なる。
資本の移動より、労働力の移動には困難がともなう。

☆国を越えて労働力が自由に移動できないときの経済を研究する。

◎国内でも、労働力・資本の移動は、完全には自由でない。とすると、国際経済学の枠組みは、国民経済学より一般的な枠組を提供しているともいえる。

(2)国際貿易論は、なにを明らかにしようとするか。T

R.E. Caves, J.F. Frankel, & R.W. Jones 『国際経済学入門』T国際貿易編
「国際経済学の課題」
  貿易パタン、生産パタン(生産特化)
  貿易利益

P.R. Krugman & M. Obstfeld 『国際経済学』第3版 T国際貿易
「国際経済学はどのようなことを扱う学問なのか」
  貿易利益
  貿易パタン
  保護主義
  国際収支
  為替レートの決定
  国際政策協調
  国際資本市場

W.J. Ethier 『現代国際経済学』国際貿易
「国際貿易の純粋理論は3種類の問いに答える。」(日訳、p.8)
  国際貿易と生産のパタン
  貿易が厚生におよぼす意味あい
  貿易が国内経済におよぼす影響

もっと重要な議題(解明すべき課題)はないか。

(3)国際貿易論は、なにを明らかにしようとするか。U

例:1990年代の日本とベトナム・中国

表2 アジア各国の一人当たりGNP (1990 in U.S.$) 日本倍率(小数点以下下2桁切り捨て)日本         24,430        1
香港         14,153        1.7
シンガポール     12,310        1.9
台湾          7,997        3.0
韓国          5,567        4.3
マレーシア       2,340        10.4
タイ          1,420    17.2
朝鮮民主主義共和国  1,390    17.5
フィリピン      730        33.4
インドネシア      560    43.6
中国          370    66.0
インド         350    69.8
ミャンマー       225    108.5
バングラデッシュ    200    122.1
ベトナム        180    135.7
カンボジア      130    187.9
注:GNP/capitaは、賃金率ではない。利潤貢献分を加えれば、所得格差はより緩和されると思われる。

問題1.日本とベトナムでは、一人当たり所得になぜ130倍以上の違いがあったのか。

問題2. 現在、その違いが狭まったとしたら、その理由(原因)は、なんなのか。

問題3.途上国が先進国に経済的に追いつくためには、なにが必要か。

問題4.先進国は途上国の追い上げに対し、どうすべきなのか。

(4)国際貿易の環境下で各国の賃金水準を決めるものはなにか。


@閉鎖経済において、人びとの実質賃金を決めるものはなにか。

A国際貿易があるとき、何が変わるのか。

Cf. 2007年2月の山形・池田論争
山形浩生  2007.2.11 生産性の話
池田信夫  2007.2.12 生産性をめぐる誤解と真の問題
山形浩生  2007.2.13 それでも賃金水準は平均的な生産性で決まるんだよ。
山形浩生  2007.2.19 経済学者3人にきいてみました。
池田信夫  2007.2.15 賃金格差の拡大が必要だ

付録:池田信夫 2009.1.6 賃金格差の拡大が必要だ

みなさんに自身は、どう考えるか。

(5)もうひとつの大きな課題

貿易政策
  貿易の利益
  貿易摩擦  貿易による失業

R.E. Caves, J.F. Frankel, & R.W. Jones 『国際経済学入門』T国際貿易編
P.R. Krugman & M. Obstfeld 『国際経済学』第3版 T国際貿易
W.J. Ethier 『現代国際経済学』国際貿易
  との本にも、目次・索引に「貿易摩擦」「摩擦」「失業」の語が現れず。

途上国経済 versus 先進国経済
  保護貿易 
  経済発展と自由貿易
  >>国際政治経済学と国際経済学との分離


講義のあとのまとめ


○国際貿易論の議題

国際貿易論というと、「なにをあつかう学問か」という一定のイメージがある。それが学問の伝統といえるが、その伝統が適切なものかどうかを問いかけることも必要である。伝統的には、国際貿易論は、貿易パタン、その裏表の関係にあるものとしての生産パタン(生産特化)、および貿易利益を扱うのが一般である。しかし、ここには大きな議題が抜け落ちている。それは、「各国の実質賃金率がどのように決まるか」という問題である。一人当たりの賃金率は、一国の一人当り所得の水準にほぼ比例するので、これは一人当りの所得を決定する要因を議題にすることでもある。

このような議題は、国際経済学の中でしか扱えないし、国際経済学の中の2大分野である国際金融論の議題にもなりにくいので、国際貿易論が扱う以外にないのだが、伝統的には世界各国の所得水準を決めるものがなにか、国際貿易論では議論されてこなかった。

なぜ、こうした伝統が作られたのか。このことを事実として確認するだけでは十分でない。国際貿易論の主流の理論に、このことを必然とさせる理論構造があったことが重大である。

○例外的な議論

マルクス経済学系統の国際経済学(しばしば世界経済論と呼ばれる)の中では、国際貿易の枠組みの中で、賃金率が国ごとに大きく異なることについて高い関心があった。それが国際価値論論である。その理論の多くは、国際貿易においては、国内商品交換と異なり、等しい価値をもつ商品と商品が交換されるのでなく、価値が体系的に異なる交換が行なわれると考えていたので、国際不等価交換論とも呼ばれる。

20世紀における国際価値論の議論は、大きく二つの流れがある。ひとつは日本で展開された国際価値論争であり、ひとつは従属理論との関連で議論された不等価交換論である。

日本の国際価値論争は、1950年代に名和統一、平瀬巳之吉、赤松要、木下悦二などにより展開された。それらの論争は、木下悦二編『論争・国際価値論』(1960)にまとめられている。

従属理論(新従属理論を含む)は、植民地支配から脱却したにもかかわらず、旧植民地諸国の先進国経済への経済的従属と人びとの貧しい生活水準はなぜ継続するのかを追究しようとした。この説明原理の一つと考えられたのが、エマニュエルの国際不等価交換論であった。論者としてはアミン、シャイクなどがいる。

これら議論を学説史的にまとめた、もっとも最近の論文として、伊藤誠「グローバリゼーションの時代における国際不当化交換の意義」(アジア・日本研究センター紀要、2007年版、pp.47-68)がある。

○見えなくさせる理論構造

理論は、その概念や理論構成、定理や法則により、対象を分析し認識する方法を与える。N.R.ハンソンの説くように「裸の事実」はなく、事実はかならずなんらかの理論によって特色付けられている。ひとつの理論には、つうじょう、問題意識(le problematique)と呼びうるものがある。これに導かれて、理論構築が進むが、理論の内容と問題意識とは共進化の関係にあり、ある側面が見えてくる反面、しばしば別の側面が見えなくなる構造が生まれる。(Cf. 塩沢由典『近代経済学の反省』序説「学の精神分析に向けて」)

国際貿易論の現在の基本理論であるヘクシャー・オリーン・サミュエルソンの理論(HOS理論)は、その理論構造から要素価格が均等化するという定理を生み出したが、これは自由貿易が何十年も続いたあとも国により一人当たりの所得が何十倍も違うという事態によって明白に反証されているが、HOS理論はこの事態を議題にしないことによって、理論の崩壊を無意識に防いできた。



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国際貿易論 第2回
参考図

HOS理論は、なぜ国際賃金格差を議題にできないか

                            2008.4.20 塩沢由典

(1)HOS理論の国内経済モデル

このような表題で、HOS理論が議論されることは普通はないが、HOS理論が前提とする国内経済モデル(閉鎖経済モデル、一国経済モデル)について検討しておくことは大切である。これは統合された世界モデル(§1-6.)とも考えることができる。

HOS理論の国内経済モデルは、新古典派の集計モデルと同一である。まず、この理論から説明しよう。

1-1. 経済の設定

経済には、2財がある。生産要素は労働と資本であり、生産要素を投入してそれぞれの生産物を生産する技術f_A(t, k)とf_B(t, k)とが与えられている。経済には、労働と資本が全体としてそれぞれ LとKだけある。また、人びとの集計的な効用関数はu(x, y)で与えられる。

1−2. 生産技術・要素価格・最小費用投入比率

生産技術fについては、以下の仮定を置く。

@投入は必要

A収穫一定
生産技術fは、規模に関して収穫一定である。すなわち、任意のt,kと任意の正の実数ηについて
  f(ηt, ηk) = η f(t, k)。

B生産の凸性
任意のCについてC以上を生産する投入(t, k)の集合
{(t, k) | f(t, k) ≧C }
は、厳密に凸な集合であり、境界は滑らかな曲線となる(境界の曲線は微分可能)。

☆厳密に凸であるとは、集合の任意の境界にただ一つの接線が存在することをいう。後半の仮定は一般的には必要ないが、こうすると説明が簡単になる。

技術に関して仮定@ABが成りたつとき、次の命題が成りたつ。

命題1.正軸上のある開区間(α, β)に入る要素価格に対し、投入費用を最小とする投入比率が一義的に決まる。このとき、投入比率は k/t は開区間(α, β)で定義される要素価格の比率w/rの関数である。その関数をφとするとき、φは連続かつ単調増大で     ξ -> αのとき φ(ξ) -> 0 かつ ξ-> βのとき φ(ξ) -> ∞。

説明: 生産量C以上の得られる投入要素の集合 f(w, r) ≧C の境界の任意の点を(t_0, k_0)としよう。生産技術が厳密に凸であることから(仮定B)、点(t, k)を通る、この集合への唯一の接線
  w t + r k = c
が存在する。このとき、費用c以下の投入要素の集合は
  w t + r k ≦ c
と与えられるが、この集合と集合 f(w, r) ≧C とは、点(t_0, k_0)のみで交わる。よって、一定の生産量を確保する生産の中で、比率(t_0, k_0)で生産するものの費用が最小となる。生産技術に関する仮定@から、要素価格の比率が一定ならば、費用最小となる要素の投入比率も一定となる。

 投入集合の境界が滑らかな曲線となるから、上に定義される関数φは連続となる。このような関数が定義される範囲は、集合F = {(t, k) | f(t, k) ≧C } (C は正)がx軸、y軸とどういう関係になるかによって、様子が異なる。もしFが有限の点でx軸と交わるとき、その点の接線の要素価格比率をα(>0)とする。そうでないときは、α=0と置く。βについても同様で、Fが有限の点でy軸と交わるとき、その点の接線の要素価格比率をβ、層でないときはβ=∞とおけばよい。関数φが単調に増大することも、Fが凸集合であることから従う。

☆この関係は、付録 第1図「新古典派の集計型生産関数」に示されている。

1-3. 効用関数・製品価格・効用最大化

効用関数については、以下の仮定を置く。

@一次同次性
任意のx, yおよび任意の正の実数ηについて
  u(ηx, ηy) = η u(x, y)。

注意:uが一次同次でなく、正の値をとる単調増大関数fによって
  u(ηx, ηy) = f(η) u(x, y)。
とあらわされる場合でも話は同じ。一次性が重要なのではなく、集合
  u(x, y) ≦ Θ
がどのΘにおいても相似であることが重要。これをhomotheticityという。

A凸性
任意のΘにつき、集合{ (x, y) | u(x, y) ≧ Θ}は厳密に凸な集合である。

B微分可能性
効用関数u(x, y)は、2変数に関し連続微分可能。これにより、

効用に関し、仮定@Aがなりたつとき、次の命題が成立する。

命題2. 正軸上のある開区間(γ, δ)に入る所与の生産物価格にたいし、一定の予算制約の中で効用を最大化する比率が一義的に決まる。このとき、投入比率は k/t は開区間(γ, δ)で定義される要素価格の比率p_B/p_Aの関数である。その関数をψとするとき、ψは連続かつ単調増大で ξ -> γのとき ψ(ξ) -> 0 かつ ξ-> βのとき ψ(ξ) -> ∞。
説明:命題1とほぼ同様の説明ができる。

☆この関係は、付録 第2図「生産物市場」の予算制約下の効用最大点で示されている。

1−4. 一般均衡

さて、生産技術が仮定@〜B、効用関数が仮定@〜Bを満たすとき、経済において任意の正の労働量Lと正の資本量Kとが与えられたとしよう。このとき、次の定理がなりたつ。

定理1. (一般均衡の存在)
要素価格の比率(w, r)が少なくとも一つ存在して、以下の各条件を満たすようにできる。
@生産価格
財A、Bの価格は、それぞれ
   p_A = w t_A + r k_A , p_B = w t_B + r k_B
で与えられる。

A費用最小投入
財A、Bの生産における投入量をそれぞれ
   t_A , k_A および t_B , k_B
とするとき、それらの生産は技術f_Aと技術f_Bに関し費用を最小にする投入比率となっている。

B要素市場の均衡
   t_A + t_B = L かつ k_A + k_B = K

C生産物市場の均衡
財A, Bの生産量を
  x_A = f(t_A , k_A), x_B = f(t_B , k_B)
とするとき、これら生産による生産物は予算制約式
    p_A x_A + p_B x_B ≦ w L + r K
を満たす生産物の中で効用u(x, y)を最大化している。

説明:
(第1段)
§1-2 命題1から、要素価格の比率w/rに対し、財Aおよび財Bの生産技術について、関数
φ_A(w/r) およびφ_B(w/r) が定義されて、それぞれは正軸の開区間(α_A, β_A)および(α_B, β_B)上の単調増大な連続関数で、その写像は(0, ∞)を覆う。

さて、二つの開区間(α_A, β_A)および(α_B, β_B)の共通部分を(α, β)とおく。このとき、任意のK/Lと等しくなるφ_A(w/r) およびφ_B(w/r) の点が(α, β)の内部に取れる。これをd, eとする。いま、d<eとしよう。反対の場合にも同様に処理できる。特別なd=eの場合には、2財の最小費用投入比率がK/Lに等しいから、直接第6段にいける。

  ☆この関係は、付録 第3図「費用最小投入比率のグラフ」に図示されている。

(第2段)
区間(d, e)内の任意の点vをとり、
   π_A = φ_A(v) および π_B = φ_B(v)
とおくと、
   π_A < K/L < π_B。
このとき、財Aの最小費用投入比率と財Bの最少費用投入比率の間に資本労働比率K/Lが来るから、所与の賦存労働量Lと賦存資本量Kをちょうど使いきるような生産量の配分が存在する。実際、適当なη(0<η<1)を取れば
   K/L =η π_A + (1-η) π_B
となるので、
 財Aの生産に労働ηL, 資本η π_A L、財Bの生産に労働(1-η)L, 資本 (1-η) π_B L
を投入すればよい。このとき、
   ηL + (1-η)L = L
かつ
ηπ_A L + (1-η) π_B L = {η π_A + (1-η) π_B } L = (K/L) L = K
となり、Aの生産とBの生産で労働と資本をちょうど使い切る。

  ☆この事情は、付録 第4図「所与の要素価格と要素賦存量における生産」に図示され  ている。

(0, ∞)のある区間(a, b)をなす。[ただし、区間の両端または一方が含まれる場合と含まれない場合とがある。] 比率w/rを決めると、財Aの費用最小となる要素投入比率φ_A(w/r)=k_A/t_A と財Bの費用最小となる要素投入比率φ_B(w/r)=t_B/k_Bとが定まる。

(第3段)
要素価格の比率vが(d, e)の間で動くとき、第2段から、財Aと財Bの生産量の比率が一義的に定まり、その労働投入の比率は、ηに等しい。生産関数はf_A, f_Bともに連続であるから、vが区間(d, e)を動くとき、Aの生産量に対するBの生産量の比率ρ(v)は、区間(d, e)の上の連続関数である。さらに、d<eのとき、要素価格の比率vがdに近づくと、ηが1に近づき、Aの生産量に対するBの生産量の比率は無限に0に近づき、比率vがeに近づくと、ηが0に近づき、Aの生産量に対するBの生産量が比率とし無限に増大する。すなわち、
  v-> d のとき、ρ(v) -> 0 かつ v-> e のとき、ρ(v) -> ∞。

(第4段)
要素価格の比率vが区間(d , e)を動くとき、生産物AとBの価格の比率
   p_B/p_A = (w t_B + r k_B)/(w t_A + r k_A)
は、vの連続関数となる。増大か、減少かあるいは単調であるかどうかは決まらない。この関数をγ(v)としよう。生産物AとBの価格比率が与えられたとき、予算制約下に効用を最大化する生産物の比率は、合成関数 ψ・γ(v)=ψ(γ(v))によって与えられる。

(第5段)
要素価格の比率w/rを横軸、財Aに対する財Bの生産量の比率x_B/x_Aを縦軸にとって、区間(d, e)の上に二つのグラフ
   y = ψ・γ(v) と y = ρ(v)
を書いてみよう。最初のグラフは、(0, ∞)の内部の有限区間内に値をとるのに対し、第2のグラフは、値を(0, ∞)の全体にとる。したがって、ある値zにおいて
   ψ・γ(z) = ρ(z)
となる。この共通の値をZとしよう。

これは付録 第5図「生産量の比率と効用最大化の比率」を見ても明らかであるが、
   ρ(ξ) - ψ・γ(ξ)
をとってみれば、
   ρ(d) - ψ・γ(d) < 0 < ρ(e) - ψ・γ(e)
となることから、中間値の定理により、上の性質をもつzの存在が言える。

(第6段)
第5段で求められたzをひとつ固定しよう。
    r = z w
とする。このとき、財Aの生産において費用最小とする生産要素の投入比率
  φ_A(w/r) およびφ_B(w/r)
が定義される。
    d < z < e
だから、所与の生産要素LとKとについて、それらを使い切る財Aおよび財Bの生産比率が存在する。生産物価格の比率は関数γ(z)で与えられる。
 このとき、生産物価格の比率γ(z)に対応する効用を最大化する生産物の比率は
ψ・γ(z)、これは要素価格がzのとき生産量の比率 ρ(z)に等しい。したがって、要素価格の比率がzのとき、財の生産量(x_A, x_B)と生産物価格の比率γ(z)における効用を最大化させる生産物(x, y)とは比例している。後者は定義により、予算制約式
   p_A x + p_B x ≦ w L + r K
を等号で満足する。他方、生産物の価格は投入財の価格に等しいから、
   p_A x_A + p_B x_B = w L + r K。
二つの式を等号で満たす互いに比例するものはただひつしか存在しないから、両者は一致する。

これで一般均衡の条件@〜Cを満たす要素価格の比率z, 生産物価格の比率ρ(z)、生産量x_A と x_Bが求まった。

1−5. 資本労働比率と要素価格の比率

一般均衡の存在定理は、(それが成りたつ範囲において)次のことを意味する。生産要素の所有者(労働者あるいは資本家)が所有物をレンタルして得た収入(労働者の場合、労働サービスを提供した報酬ちしての賃金)を予算制約として自己の効用を最大化しようとするとき、要素市場と生産物市場において需給の均衡が成立する。

このことの成立を認めるとき、与えられた資本/労働比率において、要素価格がどのような影響を受けるかも推定することができる。付録 第3図「費用最小投入比率のグラフ」から推定されるように、資本/労働比率が大きくなると、一般には要素価格比率w/rすなわち賃金率/資本借用率)は大きくなる。財Aと財 Bを別々に考察するとき、おなじ(資本/労働比率に対して、ことなる要素価格比率が対応するが、均衡における要素価格比率は、その両者の間にくる。各財については、要素価格比率w/rは資本/労働比率の増加関数であるから、均衡要素価格比率も一般に資本/労働比率の増加とともに増加することが推測される。(単調に大きくなることは保証できないが、K/Lがより大きくなるとき、dもeも大きくなり、それに挟まれるzも一緒に大きくなる可能性が大きい。

新古典派の国際貿易論では、各国の生産技術はつうじょう同一と考える。そうすると、貿易を行わない二つの国があるとき、二つの国の要素価格比率を決めるものは、資本/労働比率の差ということになる。途上国の賃金が低いのは、労働(力)の賦存量に比べて資本の賦存量が小さく、そのため(資本賃貸料に比べて)賃金率が低くなると説明される。

1−6. 資本労働比率と労働分配率

資本労働比率τが上昇すれば、一般には賃金率が(資本賃貸料にくらべて)上昇することがいえるが、資本の取り分は、係数が小さくなっても、総量が大きくなるから、労働分配率がどのように変化するかは、なにも言えない。

たとえば、生産技術が関数
   z = f(t , k) = (t^σ + k^σ)^(1/σ)
で与えられたとしよう。これは一次同次である。実際、正の実数ηについて
f(ηt , ηk) = ({ηt}^σ + {ηk}^σ)^(1/σ)
          = (η^σ・{t^σ + k^σ})^(1/σ)
    = (η^σ)^(1/σ)・{t^σ + k^σ})^(1/σ)
          = η・{t^σ + k^σ})^(1/σ)

これがふつうの生産技術を与える、つまりf(t, k)≧1が凸となるためには、σは負でなければならない。たとえば、σ=-1のとき、
  f(t, k) = 1
は、
  1/(1/t + 1/k) = 1 あるいは t k = t + k。
これは整理すると
  (t-1) (k-1) = 1
となる。すなわち、これは漸近線x=1, y=1をもつ直角双曲線である。

さて、f(t , k) = (t^σ + k^σ)^(1/σ)のとき、点(L, K)における法線方向は、
    w = ∂f/∂t = (1/σ)・(t^σ + k^σ)^((1/σ)-1)・σ・t^(σ-1)
r = ∂f/∂k = (1/σ)・(t^σ + k^σ)^((1/σ)-1)・σ・k^(σ-1)
これらを整理して、
    w = (t^σ + k^σ)^((1/σ)-1)・t^(σ-1)
r = (t^σ + k^σ)^((1/σ)-1)・k^(σ-1)
よって、要素賦存(L, K)における所得は
    労働による所得    w L = (L^σ + K^σ)^((1/σ)-1)・L^(σ-1)・L
    資本賃貸による所得 r K = (L^σ + K^σ)^((1/σ)-1)・K^(σ-1)・K
これは整理すると
    労働による所得    (L^σ + K^σ)^((1/σ)-1)・L^σ
    資本賃貸による所得 (L^σ + K^σ)^((1/σ)-1)・K^σ
よって、労働分配率Ξは
    {(L^σ + K^σ)^((1/σ)-1)・L^σ}/
       {(L^σ + K^σ)^((1/σ)-1)・L^σ+(L^σ + K^σ)^((1/σ)-1)・K^σ。
ここで分母・分子の(L^σ + K^σ)^((1/σ)-1)を相殺すると、労働分配率は
     L^σ/ {L^σ + K^σ}。
ここで、賦存要素の資本労働比率K/Lをτとおくと、
     K = τL。
これを上式に代入して、
    Ξ = L^σ/ {L^σ + (τL)^σ} = 1/(1+τ^σ)。
このとき、σは負だから、
労働分配率Ξは資本労働比率τの単調増大関数で、
  τ->0のとき Ξ->0 かつ τ->∞のとき Ξ->1
がなりたつ。すなわち、資本労働比率が増大するほど、労働分配率は上昇する。、

しかし、たとえば、生産技術が関数
   z = f(t , k) = t k
で与えられたとしよう。これも一次同次である。このとき、
   賃金率    w = k
資本賃貸料  r = t
よって、要素賦存量がL, Kであるとき、
   賃金への分配分 w L = K L
資本への分配分 r K = L K
よって、労働分配率は、資本労働比率に関係なく、つねに1/2となる。

1−7. 世界統合モデルと国際貿易モデル

世界がいくつかの国に分かれていたとしても、各国がすべての財につき同じ生産技術もち、同じ効用関数をもち、さらに生産要素も生産物も自由に(コストなしに)国と国の間を移動できるならば、世界全体は(すべての生産要素の総和に等しい生産要素もつ)一国の閉鎖経済とみなすことかできる。これを世界統合モデルという。国際貿易論では、ふつう生産要素は移動できないが、製品は自由に移動できると考え、そこに生ずる貿易を問題にする。世界統合モデルは、このような国際貿易によって得られる状態(国際貿易モデル)の厚生を考える場合のひとつのベンチマークになる。

(2)2国2財2要素モデル

(1)では、一国の経済を考えた。ここでは、もっとも簡単な国際貿易モデル2国2財2生産要素の経済をとりあげる。2国は、同じ生産技術f_Aとf_Bとおなじ効用関数u(y1, y2)をもつものとし、生産技術効用関数は、(1)の定理1の仮定を満たすものとする。

世界には2国があるので、ひとつを甲、もうひとつを乙とする。しかし、以下では添字で国、生産要素、生産物を区別するのか便利なので、以下のような慣用を用いる。

国を番号で呼ぶときには、甲を1、乙を2とする。生産要素を番号で呼ぶときには、労働を1、資本を2とする。財を番号で呼ぶときには、A財を1、B財を2とする。

また、生産要素の投入量はx、要素価格はw、生産要素の賦存量はL, 生産量はyであらわすことにする。添数を付けるつきは、かならず国、財、生産要素の順とする。この慣用により、以下の数量は、それぞれ呼び変えられる。番号名を用いる場合は、国、財、生産要素の順にi, j, kとする。

たとえば、以下のように表示される。
 甲の労働賦存量 L_11 ,  甲の資本賦存量 L_12
甲の賃金率   w_11 , 甲の資本賃貸料 w_12
 甲のA財の生産量 y_11 , 甲のB財の生産量 y_12
甲のA財の生産における労働の投入量 x_111
甲のA財の生産における資本の投入量 x_112
甲のB財の生産における労働の投入量 x_121
甲のB財の生産における資本の投入量 x_122
乙国では
乙の労働賦存量 L_21 ,  乙の資本賦存量  L_22
乙の賃金率   w_21 ,  乙の資本賃貸料  w_22
 以下省略。
要素価格や生産物価格が世界共通のとき
 賃金率  w_1 , 資本賃貸料   w_2
 A財の製品価格 p_1 , B財の製品価格 p_2

2−1. 対応の統合モデル

2国で生産技術と効用関数が同じであるので、2国の生産要素の賦存量の和からなる世界統合モデルを考えることができる。ここでは、国をあらわす番号は、総和をとるときの添数としてのみ現れる。

形式的に繰り返せば、以下のようになる。
  労働賦存量  L_1 = L_11 + L_21
資本賦存量  L_2 = L_12 + L_2
第1財の生産関数 f_1(x_11, x_12)
第2財の生産関数 f_2(x_21, x_22)
効用関数   u(x1, x2)

生産技術と効用関数は、定理1の前提を満たすと仮定したから、この統合モデルには要素価格の比率w/r(あるいはその比率をもつ要素価格 w_1, w_2)が存在して、要素市場と生産物市場で均衡が成立する。

これより、均衡要素価格(w_1, w_2)に対し、費用最小とする投入係数を
   a(j, k)
と書くことにしよう。これは(w_1, w_2)に依存した係数である。

生産物の価格は、以下で与えられる。
   p_A = w_1 a(1, 1) + w_2 a(1, 2)
p_B = w_1 a(2, 1) + w_2 a(2, 2)。
A財の生産量をy_1, B財の生産量をy_2とすると、各財の生産への各要素の投入xは
   x_11 = a(1,1) y_1 , x_12 = a(1,2) y_1
x_21 = a(2,1) y_2 , x_22 = a(2,2) y_2
で与えられる。

このとき、要素市場の均衡から
   x_11 + x_21 = L_1
x_12 + k_22 = L_2。

また、生産物市場の均衡から、生産物(y_1, y_2)は予算制約式
   p_1 y_1 + p_2 y_2 ≦ w_1 L_1 + w_2 L_2
を満たす(y_1, y_2)の中で
   u(y_1, y_2)
を最大化している。

2−2. 要素価格均等化集合(FPE)

2国全体で生産要素の賦存量 L_1 と L_2 とが与えられたとき、§2-1(あるいは同じことで定理1)から、ある比率の要素価格(w_1, w_2)が存在して、この要素価格と対応の生産物価格のもとで、要素市場と生産物市場において均衡が成立する。このときの生産要素の投入係数を
    a(1,1) a(1,2)
 a(2,1) a(2,2)、
各財の生産量を
    y_1 , y_2
としょう。

このとき、国と要素の番号を添数とする変数 V_ik について、生産の各国への配分z_ijですてべのI=1,2およびj=1,2について
    z_ij ≧0 かつ z_1j + z_2j =1
が成り立つものが存在するとき、{V_ik}は要素価格均等化集合FPEの元であるという。

より形式的に表現すれば

  FPE ={ V_ik | ∃ z_ij ≧0 ;∀_j,k 農i z_ij=1,
V_ik = Σ_j z_ij y_j a(j, k) }。

これは、各財jごとに各国iのシェアz_ijが存在して、第j財をi国でy_jのシェア分だけ、
つまり z_ij y_j だけ生産するとき、それぞれの国iで任意の要素kにつき
   V_ik = Σ_j z_ij y_j a(j, k)
が成り立つこと、つまりこのような生産の分担によって、i国の賦存要素量 V_ik がちょうど使い切ることを意味する。

命題3. 要素価格均等化集合は、空でない凸集合である。

説明: いまFPEの集合の定義に現れるz_ijが2組得られたとしよう。それらを
    z(1)_ij と z(2)_ij
とする。それぞれは
 農i z(1)_ij=1, V_ik = Σ_j z_ij(1) y_j a(j, k)
 農i z(2)_ij=1, V_ik = Σ_j z_ij(2) y_j a(j, k)
を満たす。そこで第3のz(3)_ijを任意のα, β (α>0, β>0, α+β=1)に対し
  z(3)_ij = α・z(1)_ij + β・z(2)_ij
とおこう。このz(3)_ijも、同じように、すべてのjとkについて
   農i z_ij=1, V_ik = Σ_j z_ij y_j a(j, k)
を満たす。これは集合FPEが凸集合であることを意味する。

集合FPEが空でないことは、世界統合モデルの均衡生産量を第1国と第2国でα対βに分担することにすれば、2国の総生産は、統合モデルの均衡生産量となることからわかる。

☆命題3は2国2財2要素に限らず、統合モデルの均衡が存在すれば、つねに成立する。

☆統合モデルの均衡を与える(w_1, w_2)は唯一とは限らない。そのとき、要素価格均等化集合は、(w_1, w_2)ごとに定義される。

2−3. 要素価格均等化集合の図示

2国2要素の場合、要素価格均等化集合は、以下のように図示される。

まず、横軸・縦軸と平行する2辺をもつ長方形で、底辺の長さがL_1、縦の辺の長さがL_
のものを考えよう。これを要素賦存長方形と呼ぶ。エッジワース・ダイヤグラムと同じようにして、左下からから甲の、右上から乙の要素賦存量を表現しているものとすれば、2国の要素賦存量
   (V_11, V_12) (V_21, V_22)
が得られる。逆に、長方形内の任意の一点Eを与えれば、両者を足して(L_1, L_2)となるような2つのベクトル(V_11, V_12), (V_21, V_22)が得られる。

☆第6図「要素価格均等化集合」を参照せよ。

2国2財2要素の経済の場合、要素価格均等化集合は、第6図に見るような平行四辺形となる。それは長方形の中心に関して点対象である。図のごとく名前を付けるとき、もしA財の生産がB財の生産より資本集約的であるとき、
  O_1Q_1 は、A財のすべての生産を甲が行う場合の投入量ベクトル、
  Q_1O_2 は、B財のすべての生産を甲が行う場合の投入量ベクトル
である。反対に
  O_2Q_2 は、B財のすべての生産を乙が行う場合の投入量ベクトル、
  Q_2O_1 は、A財のすべての生産を甲が行う場合の投入量ベクトル
である。

☆2国2財2要素でなく、2国3財2要素の経済の場合、同じように図示されるが、要素価格均等化集合は一般に中心に関して点対称な6角形となる。

2−4. 要素価格均等化集合の内部にある賦存状況

甲、乙の各要素の賦存状況が(V_11, V_12), (V_21, V_22)が要素価格均等化集合の内部にある場合、定義から各財の生産のシェア z_ij ≧0 (∀_j,k 農i z_ij=1) が存在して、任意の国iと生産要素kについて
V_ik = Σ_j z_ij y_j a(j, k)
がなりたつ。これを第7図で図解すれば、O_1を原点として、点EがベクトルO_1Q_1とベクトルO_1Q_2の成分の和となるよう分解して、
    O_1E = O_1P_1 + O_1P_2
とするようなP_1,P_2 を見つけることにあたる。このとき、
    O_1P_1/O_1Q_1 = V_11 O_1P_2/O_1Q_2 = V_12。
同じことをO_2側からやって、V_21, V_22を得る。

2−5. 要素価格均等化定理1

要素価格均等化集合に含まれる賦存状況に対しては次の定理をえる。

定理2.(要素価格均等化定理・弱い形)
定理1の仮定を満たす技術と効用関数をもつ、2国2財2要素の経済において、統合モデルの均衡要素価格を(w_1, w_2)、生産量を(y_1, y_2)とする。この(w_1, w_2)に関してもとまる要素価格均等化集合をFPEとする。各国の生産要素の賦存状況がFPEに属するとき、要素価格(w_1, w_2)、対応する生産物の価格(p_1, p_2)と各国各財の生産水準 z_ij y_j をとるとき、生産要素市場・生産物市場の双方において均衡がなりたつ。

☆この定理は、2国2財2要素の経済に限ることなく、要素価格均等化集合が定義できれる状況であれば、等しく成立する。

生産技術と生産要素価格(w_1, w_2)が与えられるとき、生産技術が§1-2の仮定をみたすすとき、費用最小化の生産における生産物の価格は一義的に与えられる。これは
   p_1 = w_1 a(1, 1) + w_2 a(1,2), p_2 = w_1 a(2, 1) + w_2 a(2,2)
から明らかである。しかし、逆は成立するであろうか。

これは一般には成立しない。しかし、次の補題がある。

定義(二つの技術の要素集約度の比較と逆転)
ふたつの財の生産技術f_Aとf_Bとがあるとき、任意の要素価格比率w/rにおいて、各財を1単位生産するのに必要な費用最小の要素投入をベクトル形で書いて
   a_1 = ( a(1,1) , a(1, 2) )
   a_2 = ( a(2, 1) , a(2, 2) )
とし、ふたつのベクトルを並べてできる行列をAとする。このとき、w/rの値にかかわらず、つねに
   det(A)
が正のとき、財Aの生産は、財Bの生産より技術として労働集約的であるという。このような性質が成り立たず、要素価格比率w/rが異なると、二つの技術の間の要素の比率が逆転する場合、二つの技術は要素集約度逆転があるという。

二つの技術において、要素集約度に逆転のある場合、技術としてどちらが労働集約的・資本集約的とはいえない。

☆第8図を参照せよ。


補題1.(要素集約度の逆転のない場合)
二つの技術に要素集約度の逆転のない場合、生産要素の集合(w, r)から生産物価格の集合(p_1, p_2)への関数は1対1の対応である。

説明:厳密な説明ではないが、次のように考えることができる。
   p_1 = w a(1, 1) + r a(1,2)
p_2 = w a(2, 1) + r a(2,2)。
これは、x= w/r、y = p_1/p_2とおくと
   y ={w a(1, 1) + r a(1,2)/{w a(2, 1) + r a(2,2)}
={ x a(1, 1) + a(1,2)}/{x a(2, 1) + a(2,2)}
ここで、a(j,k)はw/rに依存した関数であるが、これを定数と考えてyをxで微分すると
 dy/dx = detA/{x a(2, 1) + a(2,2)}^2
となり、det Aが正なら、dy/dxも正。よって、xが増大するときyも増大する。これより、yはxの単調増大関数となる。


定理3.(要素価格均等化定理・強い形)
生産物のみを貿易する2国2財2要素の経済において、各国に要素価格(w_i1, w_i2)が与えられ、対応の生産物価格が同じ(p_1, p_2)となり、さらにこれらの価格において、生産では最小費用、消費では効用最大化が求められるとき、要素市場・生産物市場で均衡が成立したとしよう。生産物価格(p_1, p_2)には、唯一の生産要素価格(w_1, w_2)が対応するとき(たとえば、補題1が成り立つ場合)、それぞれの国で2財が生産されているかぎり甲と乙の生産要素価格は一致しなければならない。よって、これは統合モデルの均衡を与え、経済の要素賦存状況は、要素価格均等化集合に属する。

P. Samuelsonが1949年証明したのは、定理3の形であった。

2−6. 要素価格均等化集合の「大きさ」

第6図、第7図の要素価格均等化集合の大きさは、A財とB財の投入要素の比率が異なるほど要素賦存長方形の広い範囲を占める。図では、A財はB財の生産より資本集約的であるが、長方形の対角線は統合モデルの均衡をも表すものなので、甲におけるA財の投入ベクトルO_1P_1は対角線より上に、B財の投入ベクトルO_1P_2は対角線より下にくる。したがって、要素賦存長方形の対角線はかならず、要素均等化集合に含まれる。

要素価格均等化集合が要素賦存長方形の中で大きな部分を占めるとき、高い確率で賦存状況は要素価格均等化集合に属し、要素価格均等化定理が成立する。

この定理が成り立つとき、要素賦存比率に差異があっても、2国の要素価格は互いに等しくなる。すなわち、閉鎖経済では、確実に異なる要素価格比率w/rをもつが、生産財が自由に貿易されるだけで、貿易する2国の要素価格は等しくなる。(少なくともねそのような均衡が存在する。)この要素価格は、統合モデルの均衡要素価格と同じである。

2−7. 要素価格均等化集合から外れる場合

要素賦存状況が要素価格均等化集合の外にある場合、統合モデルの均衡要素価格は、もはや2国の要素価格とはならない。

この場合、両国で2財をともに生産しているが、2国の間で要素価格(の比率)が異なることがありうるが、それ以外の場合には一般に、甲が2財の生産を行えば、乙は1財の生産のみをおこなう部分特化の場合となる。これはある種のコーナー解を扱っていることにあたる。

いま甲でA財のみを生産し、乙では2財ともに生産している場合を考えよう。これは以下のように、閉鎖経済の分析を積み重ねることで可能となる。

まず、甲の生産要素価格を(w_11, w_12)とすると、財Aを費用最小で生産する投入係数を
     a(1,1), a(1,2)
とする。これは、要素価格比率w_11/w_12に依存する両である。

甲におけるA財の生産量をyとするとき、生産要素の必要量はそれぞれ
     L_11 = a(1,1) y, L_12 = a(1,2) y
となる。これより、
     a(1,2)/a(1,1) = L_12/L_11
となるようにw_11/w_12を定める必要がある。これは、(1)の技術に関する仮定から従う。このような比率w_11/w_12が定まったとき、甲はすべての生産はA財に向けられるから     L_11 = a(1,1) y_11, L_12 = a(1,2) y_11
が定まる。

このとき、A財の価格をp_1とするとき、
     a(1,1) w_11 + a(1,2) w_12 = p_1
したがって
     L_11 w_11 + L_12 w_12 = p_1 y_11。
この関係は、後に使う。

次に乙を考えよう。乙ではA財とB財とが生産される。乙の修正された効用関数u~を
   u~(y_1, y_2) = u(y_1+y_11 , y_2)
とおこう。この効用関数と所与の生産技術、および乙の賦存要素L_21, L_22から定義される閉鎖経済を考え、(1)の要領で、均衡を求めてみよう。それが
   要素価格が  (w_21, w_22)
   生産物価格が ( p_1, p_2 )
財の生産量が (y_21, y_22)
この要素価格のとき、最小費用の要素投入係数を
        a(1, 1) a(1, 2)
a(2, 1) a(2, 2)
各財の生産量を (y_21, y_22)
としよう。
 このとき、要素市場の均衡は
        a(1, 1) y_21 + a(2, 1) y_22 =L_21
  a(1, 2) y_22 + a(2, 2) y_22 =L_22
生産物市場の均衡は、価格が(p_1, p_2)のとき、
   予算制約式
     p_1 y_21 + p_2 y_22 ≦ w_21 L_21 + w_22 L_22
のもとで、修正されたu~(y_21, y_22)を最大化しているものとする。これは閉鎖経済の場合と同じであるから、上の条件を満たす均衡解が存在する。

これは整理すると
   p_1 (y_21 + y_11) + p_2 y_22 ≦ w_21 L_21 + w_22 L_22 + p_1 y_11
のもとに
   u(y_21 , y_22)
を最大化していることとおなじ。

ここで、 L_11 w_11 + L_12 w_12 = p_1 y_11 に留意すると、予算制約式
 p_1 (y_21 + y_11) + p_2 y_22 ≦ w_21 L_21+w_22 L_22+L_11 w_11+L_12 w_12
のもとで
   u(y_11+y_21, y_22)
を最大化していることにもなる。右辺は、両国の生産要素のそう価値額、それを価格(p_1 , p_2)のもとで予算制約してu(y_11+y_21, y_22)が最大化されているから、これは両国あわせた効用最大化でもある。

こうして、甲がA財、乙がA財、B財を生産する場合の均衡が得られる。ただし、これは費用が高くて甲がB財を生産できない場合でなければならないから、上が真の均衡であるためには乙で要素価格が w_11, w_12 のとき、
   a(2, 1) w_11 + a(2, 2) w_12 > p_2
を満たしていなければならない。そのためには、2国の生産要素の賦存状況が要素価格均等化集合外の一方の側にあることを意味する。

このように、生産要素の賦存状況要素価格均等化集合の外にある場合、2国の要素価格は等しくならないが、この比率は閉鎖経済で2財を生産していたときよりも、2国の要素価格比率は接近する。

2−8.まとめ

HOSと略称される新古典派の国際貿易論においては、要素価格均等化定理か成立する範囲ては、2国の要素価格比率は等しくなる。要素価格均等化定理が成立しない範囲でも、要素価格比率は一般に求まるが、コーナー解を処理する必要がある。

コーナー解については、Xiaokai YangなどがInframarginal Approachとして研究しているが、場合分けが多くなり、理論としのて見通しは悪い。したがって、新古典派の貿易理論は、要素価格均等化定理が成立する場合を扱うことが多い。これは、均等定理が成立することが多いというよりも、成立している場合には分析可能であるというべきであろう。

結論として、新古典派の国際貿易理論によっては、各国間に存在する大きな賃金率の格差は説明できない。むしろ、理論は賃金率が等しい場合を想定し、その場合に均衡がどのような性質をもつか調べている。新古典派の理論は、各国間に大きな賃金率格差があるのを説明しようとしないばかりか、その存在を見て見ぬ振りをしている。

国際貿易理論の一番重要な(とわたしが考える)賃金率格差の問題を、新古典派の理論は問題としないが、それは「問題にできない」理論上の構造があるからである。



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国際貿易論 第3回

HOS理論の問題点/理論的な問題点・証拠との整合性

                            2008.4.27 塩沢由典

(0)前回の未説明分

基本的に(2)すべて

以下、節・項の表題のみ

(2)2国2財2要素モデル
2-1. 対応の統合モデル
2-2. 要素価格均等化集合(FPE)
2-3. 要素価格均等化集合の図示
2-4. 要素価格均等化集合の内部にある賦存状況
2-5. 要素価格均等化定理1
2-6. 要素価格均等化集合の「大きさ」
2-7. 要素価格均等化集合から外れる場合
2-8. まとめ

(1)要素価格均等の場合への注視


1−1. 要素価格均等化定理

ふたつに分かれる。
 要素賦存状況が要素価格均等化集合に入る場合 
=> 要素価格・生産物価格が両国で等しくなる場合。
 そうでない場合
=> 等しくならないが、閉鎖経済の場合より、両国の要素価格の比が近づく。

1−2. どの場合に注視しているか

統合モデルと要素価格・生産物価格が違わない、生産物貿易の範囲があるといっているに過ぎない。どの程度、広いかを問題にできるが、理論的には広い・狭いのすべての場合がある。にもかかわらず、要素賦存状況が均等化集合に属する場合に、理論の注目が集まっている。

以下のStolper-Samuelsonの定理、Rybczynskyの定理も、基本的には要素価格均等の場合に述べられている。

1−3. Stolper-Samuelsonの定理

[定理] 一国が2財をともに生産している状態において、労働集約財の価格が上昇すると、賃金率は、労働集約財の価格上昇率以上に上昇し、資本賃貸料は、資本集約財の価格上昇率以下にしか上昇しない。

説明(証明ではない) 財1、2の生産投入係数を a_11, a_12 および a_21, a_22 としよう。このとき、前回の2−5. 「要素価格均等化定理1」の補題1に見たように、
   p_1 = w a_11 + r a_12
p_2 = w a_21 + r a_22。
ここで、相対価格の変化にもかかわらず、投入係数が変化しないと考えよう(本来は、その変動分の効果も決算に入れ泣けれはならない)。
それぞれw, r, p_1, p_2の上昇分をΔで表すと
   Δp_1 = a_11 Δw + a_12 Δr
Δp_2 = a_21 Δw + a_22 Δr。
これより
   Δp_1/p_1 = (a_11 w/p_1) Δw/w + (a_12 r/p_1) Δr/r
Δp_2/p_2 = (a_21 w/p_2) Δw/w + (a_22 r/p_2) Δr/r ・・・(あ)
よってp_1, p_2の上昇分は、賃金率および資本賃貸料の上昇分の相加平均である。

また、財1は財2よりより労働集約的であるから、
(a_11/a_12) / (a_21/a_22) > 1
これは、両財・両国でw,rが等しいから
  (a_11 w/p_1)/(a_12 r/p_1)> (a_21 w/p_2)/(a_22 r/p_2)
という意味でもある。これを(あ)式に当てはめると、
   Δw/w > Δp_1/p_1 > Δp_2/p_2 > Δr/r。

☆注意☆
Stolper-Samuelsonの定理は、要素価格と生産物価格の関係を問題にしているだけであるから、両国がともに2財を生産している場合(賦存状況が要素均等化集合に属する場合)てなくても、2財を生産している国の要素価格と生産物価格にのみ注目すれば成立する。しかし、一方の財しか生産していない国に関しては、Stolper-Samuelsonの定理派成りたたない。この意味で、Stolper-Samuelsonの定理は、両国が2財をともに生産している場合にのみ成立するといえる。

1−4. Rybczynskyの定理

[定理] 2国が2財を生産している場合に、価格が変化せず、ある要素の(総)賦存量が増加すれば、その要素をより集約的に利用する財の生産量は、要素賦存量の増加比率以上の比率で増大する。

[説明]
価格が変化しないから、生産投入係数も変化せず、次の式かなりたつ。ただし、y_1, y_2は各財の世界生産量とする。。
   L = a11 y_1 + a_12 y_2
K = a12 y_1 + a_22 y_2
これは、Aの置換行列をとった場合の、製品価格と要素価格の関係と同じである。したがって、第1財がより労働集約的であれば、第1財の総生産量が要素賦存量の増加比率以上に増加する。

1−5. 理論の中心的関心
HOS理論は、もっとも一般的な定式では、要素価格が一致しない場合が含まれている。しかし、Stolper-Samuelsonの定理やRybczynskyの定理への言及が示すように、その理論的関心は、要素賦存状況が要素価格均等化集合に属する場合が考えられている。

このことは、裏を返せば、要素価格が等しい場合に理論の関心が集中していることを意味する。つまりHOS理論は、(両国の技術が等しく、かつ)賃金率が両国で等しい場合にも、貿易が成立することを主張していて、世界的に見られる賃金率の大きな格差については、理論的関心を寄せていない。HOS理論には、賃金率の格差を説明しようという問題意識がないといってよいだろう。

(2)Heckscher-Ohlin-Samueson理論の理論的問題点

HOS理論の問題意識は、特殊な問題関心、すなわち「同一技術・同一選好でも、要素賦存比率が違えば、両国の間で貿易が成立する。」に向けられており、現実経済における諸現象を説明しようとする問題意識に立つものではない。それは、このように偏った問題関心をもつ以外にも、その状況設定において、理論上の大きな問題を抱えている。

2−1. 労働と資本を賦存要素とすることについて

現時点での分析を考えるとき、一国の労働人口を所与とすることは、一応、許されるであろう。しかし、資本については、どうであろうか。偶然に空から降ってきたような、まったく架空の経済においては、資本と労働の比率は無関係であろう。しかし、資本は、形成されるものであり[資本蓄積過程]、経済関係の中でその総量が決まってくる。一定の技術経路を経てきた経済においては、資本量は、むしろ現在の技術体系において必要なだけ形成されていると考えるべきであろう。そう考えると、技術がおなし2国では、資本労働比率も類似していると考えるべきであり、なぜ貿易が普遍的であるか説明できない。

2−2. 資本の測定

限界生産力説により賃金率を決めようとするときの、ネックのひとつは、相対価格を前提にしないと労働の限界生産性が決められないことである。これを回避するには、一般均衡の枠組みで、相対価格を経済全体の需要供給関係によって決めなければならない。ただし、こうしても相対価格が唯一に決まる保証はない。

簡単なLeontief体系(Sraffa体系といってもよい)で明らかなように、利潤率が異なれば、財の相対価格は一般に変化する。価格による評価なしに、ある特定の財の集積を一定の資本量とみなすことはできない。

HOS理論も、そのベースになっている新古典派のマクロモデルも、資本の測定問題を無視して、なんらかの物理的資本量が存在すると仮定して、労働賃金率と資本賃貸料とを定め、そのあと分配問題を解いている。

(3)Heckscher-Ohlin-Samueson理論の証拠と整合性

HOS理論ないしこの拡張形であるHOV理論の予測と現実とがどの程度に整合しているかについて、古くから大量の研究が積みあがっている。総体としてみて、HOS理論(ないしHOV理論)には、なんの予測能力もなく、現実の証拠との整合性はきわめてわるい。

たとえば、Krugman & Obstfeld(日訳、第3版)は、「純粋なヘクシャー=オリーン・モデルについてはいまのところ経験的に強い反証か存在する」と言い切っている。

ここでは、現実との整合性について詳細は省略する。「Leontiefのパラドックス」以来、HOS理論への反証があがるごとに、新しい定式・計測方法が提案され、確認されてきたが、それらのいずれも現実データとの整合性が極めて悪い。したがって、HOS理論については、M.Friedmanのように、理論的には問題があるが、現実との整合性から、実際的な予測式となっていると主張することもできない。

(4)総合的判断

(1)〜(3)を総合的に考えてみて、HOS理論を維持なければなせない理由はない。むしろ、状況は、この理論を捨て、まったく新たに再出発すべきことを示唆している。

4−1. 現在の知的状況

この方向に理論の状況が動いていないのは、経済学理論への既存の投資額が大きいため、理論家たちが防衛的になっているからであろう。この状況は、科学方法論でK. Popperが示唆した(あるいは、そうあるべきだと要請した)ようには、経済学は反証によってシンポしていないこと示している。新しい展開は、むしろ、小さな「科学革命」(T. Kuhn)として成し遂げられることになろう。

4−2. 理論の基本設計:なにを変えるべきか

基本(標準)となる設定を変え、再出発する必要がある。当面以下のことが考慮されるべきであろう。

@資本
資本は、生産物であり、生産され、貿易されるものである。
資本財と最終生産物とで国際間の移動可能性に大きな差異があるはおかしい。
資本の量は、市場価格で計測する以外に方法がないであろう。

A技術
技術は国によって、それぞれ異なる。
この差異が各国の賃金率の大きな格差を生む。

B賃金率
賃金率の格差を理論の内部で決定できるものでなければならない。

4−3. 次回

次回は、国際貿易論の原点に戻って、リカードの貿易理論について解説する。資本は、生産要素としではなく、生産され、投入される原材料および機械設備と考える。



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国際貿易論 第4回

国際貿易論における対立と評価

                            2009.5.11 塩沢由典

(1)HOS理論の問題点

問題1. 所得格差をもたらすものへの無関心(要素価格均等化定理で満足?)
問題2. 技術の差異への無関心(技術格差より資本労働比率の方が重要)
問題3. HOS理論を一般化しようとすると、ほとんどの命題は成り立たない。
    2財・2要素で教えることの意味?
問題4. 原材料・資本財・中間財がモデルに組み込まれていない。

(2)教科書上の扱い

表1. 貿易理論の特性対比
        技術の国際差異 投入代替  本源財の数     財の数
Ricardo      異なる     なし   1(労働のみ)      2
Heckcsher-Ohlin  同じ      ある   2(労働と資本)     2
特殊要素理論*   同じ      ある   3(労働・資本・土地)  2
*P.Samuelson(1971)とR.Jones(1971)による。投入代替による収穫逓減を考慮。

(3)考察

○どのモデル(理論)を想定するかにより、政治経済学的含意がことなる。
貿易政策(輸入制限)の失業、賃金への影響

例: Greg Mankiw vs. Dani Rodrik.
Summarized in the "Back-Up Site for the Economist's View" by Mark Thoma
  以下でダウンロード可能:
  http://econmistsview.typepad.com/economistsview/2007/04/on_the_other_ha.html#more

○経済観の対立
          Ricardo-Sraffa理論 Heckscher-Ohlin-Samuelson理論
貿易はなぜおこるか 技術に差異がある。     資本労働比率が違う
国際的な所得格差  技術格差の結果       問題関心なし(要素価格均等定理)
技術について    技術における競争      技術は同じ
生産関数      多数の選択可能な技術   いかなる投入比率でも生産できる

○本源財の数の多少で理論の優劣は決められない。
・資本とはなにか。
・分配問題(相対価格)を決める前に、資本量は確定しない。
・資本は形成されるが、生産されないというHOS理論の立場には矛盾がある。
・リカード理論に生産され、投入される財を導入すれば、資本問題は解決される。
Cf. P. Sraffa『商品による商品の生産』の立場

(4)リカード・スラッファ貿易理論

Shiozawa, Y. (2007) "A New Construction of Ricardian Trade Theory--A Many-country, Many Commodity Case with Intermediate Goods and Choice of Production Techniques " Evolutionary and Institutionary Economics Review, 3(2) 141-187.
以下でダウンロード可能:
  http://www.jstage.jst.go.jp/article/eier/3/2/3_141/_article

昨年の講義内容(国際貿易論2008年後期)
以下でダウンロード可能:
  http://www.gsm.kyoto-u.ac.jp/kubc/kokusaiboekiron2008koki.html

○なにができたか
設定
@各国の本源財は労働のみ。労働量は所与。
A各国は、生産的な技術体系をもつ。(線形の技術、単純生産)
B財の移動は自由(輸送コストもかからないと仮定)

成果
@持続可能な貿易パタンを見出す方法
A任意の最終需要に対し、各国の完全雇用を可能にする賃金率世界体系が存在する。
  >>各国の実質賃金率(の比率)の決定に関する理論。
B貿易の利益に関する利害対立を明示化する分析枠組み
  >>貿易による失業の効果を分析できる。
C中間財・資本財の貿易に関する一般理論
  >>どの財がどの国からどの国に輸出され、生産に投入されるかの決定理論。

(5)レポート課題

問題 本講義を参考に、他の文献などにあたった上で、国際貿易理論における
   HOS理論対Ricardo-Sraffa理論の基本的対立についてまとめ、自分なりの
   評価を示せ。
分量 A4版40字×35行で、2枚程度。とくに厳密な制限は設けない。
期限 2009年5月29日一杯 提出先は、後日指定する。
注意 新貿易理論、新新貿易理論などについて言及してもよいが、まずは基本的な理論に   おける対比を明らかにすることが望ましい。

(6)次回予告

リカードの貿易理論(2国2財の場合)
予習 配布資料:第1章「リカードの数値例」を予習しておくこと。



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国際貿易論 第5回

2国2財と2国多数財の一般理論(労働投入のみの場合)

                           2009.5.18 塩沢由典

(1)リカードの数値例

       毛織物  葡萄酒
イギリス    100    120
ポルトガル    90 80

隠れた仮定
毛織物と葡萄酒とは、国際取引で相互に交換される数量を単位としている。

リカードの説明(Sraffa 1951, p.135)
イギリス 
毛織物を生産するのに100人の労働が1年間必要。
もし、葡萄酒を生産しようとすれば、同期間120人が必要。
したがって、毛織物を輸出する代金で葡萄酒を輸入すれば、イギリスにとって利益(interest)がある。

ポルトガル
葡萄酒を生産するの1年間に80人しか必要ないかもしれない。
毛織物を生産するには、同期間90人の労働が必要かもしれない。
葡萄酒を輸出して毛織物と交換すれば、ポルトガルにとって有利(advatageous)である。

☆考察☆
・イギリスとポルトガルは、ことなる生産技術(投入係数)をもっている。
・イギリスとポルトガルは、国内では、国際取引とは異なる交換比率をもっている。
・国際貿易において交換比率がどのように決まるか、リカードは明らかにしていない。

(2)修正された数値例

リカードの説明は、どこまで有効だろうか。以下のように数値を修正してみよう。
これも、ポルトガルが毛織物・葡萄酒の双方に絶対優位をもつ場合である。

       毛織物  葡萄酒
イギリス    100    120
ポルトガル    90 100

この場合、毛織物を輸出して葡萄酒に交換して輸入する貿易は、イギリスにとって有利である。しかし、葡萄酒を輸出して毛織物に交換して輸入する貿易は、もはやポルトガルにとって有利ではない。

☆疑問☆
では、この場合、貿易は不可能で、貿易の利益は素材ないのだろうか。

(3)交換比率を変更する。

交換比率を毛織物7単位対葡萄酒6単位としてみよう。

イギリス
毛織物0.7単位を輸出し、0.6単位の葡萄酒を輸入する。
毛織物生産の労働増: 0.7×100=70
葡萄酒生産の労働減: 0.6×120=72  労働2単位の得。

ポルトガル
0.6単位の葡萄酒を輸出し、毛織物0.7単位を輸入する。
葡萄酒生産の労働減: 0.6×100=60
毛織物生産の労働減: 0.7× 90=63  労働3単位の得。

☆考察☆
表面上、不可能に見えても、国際貿易で用いられる交換比率を変更すれば、貿易国双方に得になることがある。

☆疑問☆
では、どのようなとき、どのような交換比率を取れば、貿易は双方の利益になるのだろうか。

(4)リカードの数値例を一般的に考える。

       毛織物  葡萄酒    第1財  第2財
イギリス    100    120 A国    ta1 ta2
ポルトガル    90 80    B国  tb1 tb2

☆注意☆ 添数を付けた表記法
正確にはt_{a1}、t_{a2}など下付き添数とする。

まず、A国もB国も、両財ともに大量に生産しているとする。このとき、A国からB国へ第1財を1単位輸出する。代わりにB国からA国へ第2財をx単位輸出するとする。つまり国際貿易で成立する交換比率があって、第1財と第2財が1:xで取引されているとする。

このとき、自国の消費量を変えないためには、A国では第1財1単位増産し、第2財をx単位減産する。反対にB国では第1財を1単位減産し、第2財をx単位増産する。

A国の労働必要量の変化: 1・ta1−x・ta2
B国の労働必要量の変化: -1・tb1+x・tb2

これがともに負となる、つまりA・b両国で必要労働量が少なくなるには、
  1・ta1−x・ta2<0,   -1・tb1+x・tb2<0.
投入係数はすべて正であることに留意すると、これは
   1・ta1<x・ta2 かつ x・tb2<1・tb1
あるいは
   ta1/ta2< x <tb1/tb2.                  (3-1)

逆に、不等式
   ta1/ta2< tb1/tb2.                    (3-2)
が成りたてば、(3-1)を満たすxが存在する。

上記の分析をまとめると次の定理が得られる。

☆定理☆
2国の生産技術の係数(ここでは、労働投入係数)がA国:ta1,ta2、B国:tb1,tb2と与えられ、それらの間に(3-2)という関係がなりたったとする。このとき、第1財と第2財の交換比率を第1財1単位が第2財x単位と交換されるものとすると、この貿易により、双方の国は財の消費水準を一定に保ちながら、貿易を行なうことで、両国の必要労働量を減少させることができる。

逆に、国際貿易市場での両財の交換比率xがxta1/ta2以下のとき、A国では同じ消費を行なうのに必要労働量が増大する。また交換比率xがxtb1/tb2以上のとき、B国で同じ消費を行なうのに必要な労働量は増大する。

(5)比較優位の概念1 同じ国で二つの産業を比較する。

☆定義☆
不等式(3-2)がなりたつとき、A国は第1財に比較優位をもつという。また、B国は第2財に比較優位をもつという。

リカードの数値例では、
   0.833..=100/120=ta1/ta2 < tb1/tb2=90/80=1.125
であり、イギリス(A国)は第1財に対し比較優位をもっていた。

修正例でも
   0.833..=100/120=ta1/ta2 < tb1/tb2=90/100=0.9
がなりたち、イギリス(A国)は第1財に対し比較優位をもっている。    

☆考察☆
正の労働投入係数 ta1,ta2、tb1,tb2 を任意に与えるとき、以下の3つの場合のいずれかが成立する。
   ta1/ta2 < tb1/tb2.                    (3-2)
   ta1/ta2 = tb1/tb2.                    (3-3)
   ta1/ta2 > tb1/tb2.                    (3-4)
(3-4)の場合、貿易の方向を変えれば、双方に有利な貿易が得られる。しかし、(3-3)の場合、貿易比率をどうとっても、必要労働量が変わらないか増え、双方に同時に有利となる交換比率は存在しない。したがって、この場合、貿易は起こらない。

☆分析☆
(3-3)が成りたったとしよう。A国について、第1財1単位を輸出に対し、第2財をx単位輸入するものとする。ただし、xは正。このとき、A国の労働投入量とB国の労働投入量がともに減少するためには
  1・ta1−x・ta2<0, -1・tb1+x・tb2<0.
これは
   ta1/ta2 < x < tb1/tb2
を意味する。しかし、投入係数は(3-3)を満たすから、これは不可能である。

反対向きの貿易はどうであろうか。A国について、第2財1単位の輸出に対し、第1財x単位を輸入されるものとする。A国の労働投入量とB国の労働投入量がともに減少するためには  x・ta1−1・ta2<0, -x・tb1+1・tb2<0.
これを整理すると
  x < ta2/ta1, tb2/tb1 < x.
これは
   tb2/tb1< x < ta2/ta1
あるいは同じことで
   ta1/ta2 > tb1/tb2.                    (3-4)
を意味する。したがって、式(3-3)を満たすとき、どのような交換比率を取ろうと、双方に有利となることはない。

(6)比較優位の概念2 ☆同じ産業について異なる国を比較する。

☆財を生産するに必要な労働量をA国とB国とで比較する。

第1財 A国対B国  ta1:tb1
第2財 A国対B国  ta2:tb2

いま、
   ta1:tb1<ta2:tb2                        
であるとすると、A国はB国に対し、第1財に比較優位をもつ。[これも定義の一種]

このとき、
   ta1/tb1< tb2/tb2 <=> ta1/tb2< tb1/tb2      だから、これは結局、条件[あるいは定義](1)と同じことを意味する。

☆同値な定義であるが、同じ産業で比較する方が応用可能性が高い。
なぜなら、N国2財という状況を考えることは少ないが、2国N財は重要な考察対象である。

(7)貿易商人の観点

リカードの説明は、イギリス全体・ポルトガル全体を見渡しせることのできる人には理解できる。しかし、貿易はそんな全体への利益などという観点からのみ行われるものだろうか。

□交換比率□
いま、イギリスとポルトガルの2国とも、物々交換をしている国であるとしょう。当然、2国間には、通貨交換のレート(為替レート)も存在しないし、各国に価格も成立していない。しかし、物々交換が恒常的に行われ、交換比率は安定しているとしよう。

リカードがときどき行う仮定と同じく、両国内ではそれぞれの生産物は、その生産に要する労働量に反比例する量とどうしが交換されるものとしよう。たとえば、イギリスでは
  毛織物x単位と葡萄酒y単位
とが交換されるとすると、
   100 xE =120 yE あるいは xE:yE = 120:100。
ポルトガルでは同じ関係は
    90 xP = 80 yP あるいは xP:yP = 80:90。

☆補足☆
リカードは、一国内では、賃金率と利潤率はともに等しいと考えていたから、製品価格は上の比率となる。

さて、このような交換比率が成り立っているとき、もし
    xE:yE ≠ xP:yP
に気づいたとしよう。もし、海を超えての輸送費用が無視できるものとすれば、商人は次のようにして財を増殖させることができる。

イギリスの商人を考える。
 @まず、毛織物をS単位もっていたとする。これをポルトガルに運んでいき、ポルトガルの市場で葡萄酒に換える。
  入手できる葡萄酒の量 = (90/80)S
 A得られた葡萄酒をイギリスに運び、これをイギリス市場で毛織物に換える。
  入手できる毛織物の量 = (120/100)(90/80)S = 1.25S
これで、一回の循環により手持ち商品は25パーセント増殖する。
 B増えた毛織物をもう一度、ポルトガルに運び、それを葡萄酒に換え、それをイギリスに運び、毛織物と交換する。手持ち商品全部をこうしたとすれば
  得られる毛織物の量 = 1.25^2 S
 Cこの過程は、ポルトガルとイギリスの交換比率が変わらないかぎり、何回でも行うことができる。循環取引の回数がNならば、毛織物を最大1.25^N S に増やすことかできる。
ポルトガルの商人
ポルトガルの商人も、同様のことができる。手持ちの葡萄酒をイギリスにもっていき、毛織物に換え、それをポルトガルにもってきて葡萄酒と交換する。ポルトガルの商人も、一回の循環取引で1.25倍にすることができる。

国際交換比率
毛織物と葡萄酒の適当な国際交換比率xI:yIを定めれば、一人で循環取引をしなくても、双方が資産を増殖させることができる。
    100/120 < Iy/Ix  < 90/80
が成り立てば、そういうことが起こる。

(8)貨幣経済に置きなおしてみると

イギリスとポルトガルに貨幣があり、両国に貨幣が一定の交換比率(為替レート)で交換されているものとしよう。このとき、どちらかの通貨、あるいは第三国の国際通貨によって、それぞれの国の賃金率・毛織物・葡萄酒の価格が決まる。

  いまイギリスの利潤率をrE、ポルトガルの利潤率をrPとしよう。二国間で利潤率の差があるとしても、産業間での利潤率の差はないものとする。イギリスの賃金率をwE、ポルトガルの賃金率をwPとしよう。このとき、
  イギリスの 毛織物 pEl =(1+rE) 100 wE 葡萄酒 pEv = (1+rE) 120 wE
ポルトガルの毛織物 pEp =(1+rP) 90 wP 葡萄酒 pPv = (1+rP) 80 wP
このとき、イギリスからポルトガルへ毛織物を輸出して貨幣単位で考えて儲かるためには pEl < pEp すなわち (1+r) 100 wE < (1+rP) 100 wP。
また、ポルトガルからイギリスへ葡萄酒を輸出して儲かるためには
      pPv < pEv すなわち (1+rP) 80 wE < (1+rE) 120 wE。
両者が同時に成り立つためには
     (1+rE) 100 wE < (1+rP) 90 wP かつ (1+rP) 80 wP < (1+rE) 120 wE
すなわち
     {(1+rP)/(1+rE)} 80/120 < wE/wP < {(1+rP)/(1+rE)}90/100
でなければならない。

もし両国の利潤率が等しいとすると
     80/120 < wE/wP < 90/100
これが、じつは貨幣経済で双方向的な貿易の成り立つ条件である。



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国際貿易論 第6回

3国経済の競争と競争パタン

                           2009.5.25 塩沢由典

(1)リカードの数値例を一般的に考える。

       毛織物  葡萄酒     第1財  第2財
イギリス    100    120 A国   ta1 ta2
ポルトガル    90 80    B国 tb1 tb2

いま、A国がB国に対し第1財に比較優位をもつとしよう。
   ta1/ta2 < tb1/tb2 あるいは ta1/tb1 < ta2/tb2

このとき、次のことが起こる。

☆必要労働量の比較☆
国際貿易において、第1財x量と第2財y量とが交換されるとしよう。いま、
   ta1/ta2 < y/x < tb1/tb2 @
の関係を満たすとき、
   A国から第1財をx単位輸出し、B国から第2財をy単位輸入するとしよう。
   双方の国で第1財・第2財の消費量が変わらないように生産するとすると
   A国 第1財をx単位増産 第2財はy単位減産  x ta1 - y ta2
   B国 第1財をx単位減産 第2財はy単位増産 -x tb1 + y tb2
xとyが@の関係を満たすとき、
   x ta1 - y ta2 < 0 かつ -x tb1 + y tb2 < 0.
この貿易により、双方の国は消費量を変えることなく、必要労働量を少なくすることができる。(リカードによる貿易の利益)

☆A国とB国通貨に為替レートがないとして、
 A国では第1財xA量と第2財yA量とが交換されるとしよう。<=> xA pA1 = yA pA2
B国では第1財xB量と第2財yB量とが交換されるとしよう。<=> xB pB1 = yB pA2
A国で第1財1単位をもつ商人が、それをB国に輸出する A1が1単位>B1が1単位。
B国で第1財を第2財と交換する。 Bで交換すると、第1が1単位>第2財をpB1/pB2単位。
それをA国に輸入して、第2財をpB1/pB2単位を第1財と交換する。
 (pB1/pB2)(pA2/pA1)
={(1+rA)・wA・ta2/(1+rA)・wA・ta1}{(1+rB)・wB・tb1/(1+rB)・wB・tb2}
=(tb1/tb2)/(ta2/ta1) > 1.
これは、前回の貿易商人の裁定行動。

☆価格の比較による貿易☆
A国の利潤率をrA、B国の利潤率をrBとする。また、A国の賃金率をwA, B国の賃金率をwBとする。このとき、もし
   ta1/tb1 < (1+rB)/(1+rA)・(wB/wA) < ta2/tb2     
とすると、AB両国の第1財、第2財の価格は
   pA1 = (1+rA)・wA・ta1 < pB1 = (1+rB)・wB・tb1
pA2 = (1+rA)・wA・ta2 > pB2 = (1+rB)・wB・tb2
よって、これが貨幣経済だとすると、価格の高低にしたがって、
   A国は第1財を輸出し、第2財を輸入する。
   B国は第2財を輸出し、第1財を輸入する。

☆まとめ☆
A国がB国に対し第1財に比較優位をもつ、すなわち
   ta1/ta2 < tb1/tb2 あるいは ta1/tb1 < ta2/tb2
とすると、貿易の起源はいろいな考えられるが、いずれにせよ
   A国は第1財を輸出し、第2財を輸入し、
   B国は第2財を輸出し、第1財を輸入する
という貿易が生まれる。

(2)2国経済の特殊性

2国2財の経済は特殊であり、その分析と概念とは3国3財以上の場合には使えない。
たとえば、2国ごとの比較優位概念が3国3財の労働投入経済においては有効でない。
以下のJonesの数値例を見よ。

Jonesの数値例(Ronald Jones, 1961)
      America  Britain Continental Europe
Corn 穀物   10 10 10
Linen亜麻布 5 7    3
Cloth毛織物 4 3 2

2国2財ずつの比較では、可能な特化パタンを探し出せない。

反例 A国が亜麻布に、B国が穀物に、C国が毛織物を生産する特化パタン
それぞれの国は指定された商品について、他の国の特化商品に対しても比較優位をもつ。
A国は、B国の穀物と比較して、亜麻布に比較優位をもつ。 5/7 < 10/10
A国は、C国の毛織物に比較して、亜麻布に比較優位をもつ。5/3 < 4/2
B国は、C国の毛織物に比較して、穀物に比較優位をもつ。10/10 < 3/2

しかし、このような特化パタンはじつは不可能である。Jones(1961)は、各行各列から一つずつ要素を取り出しだ積(置換積)が最小でなければ、特化パタンは効率的である(完全特化の生産点が極大面にある)ことはありえないことを示した。

組合せ(置換)  3つの要素の積(置換積)
 A1 B2 C3     140
 A1 B3 C2 90
 A2 B1 C3 100
 A2 B3 C1 150
 A3 B1 C2 160
 A3 B2 C1 280

(3)国際価格

3国間に共通な国際価格が成立すると考えるのが一番分かりやすい。
この考えは3国以上の多数国の場合にも同様に成立する。

☆競争的賃金率体系の存在☆
このとき、賃金率の体系 w_A, w_B, w_C が存在して、各国の特化商品がもっとも安価であるようにすることができる。すなわち、
5 w_A & < & 7 w_B , 3 w_C
10 wB & < & 10 w_A , 10 w_C
2 wC & < & 4 w_A , 3 w_B

これが成りたつとき、Jonesの公式が成りたつことは容易に証明できる。じっさい、w_A, w_B, w_Cは正だから、左辺と積と右辺の積とを比較すれば、可能な完全特化パタンは近く積を最小化することが分る。

(4)定理間の関係

Jones (1961) 置換積が最小でなければ、完全特化の生産は効率的である[極大フロンティアを構成する]ことありえない。

完全特化を可能にする賃金率体系が存在すれば、そのパタンの置換積は、すべての置換積の中で最小である。

しかし、以下は証明されていない。

@あるパタンの置換積が強い最小であれば、そのパタンによる完全特化が可能である(特化生産は効率的てある)。

Aあるパタンの置換積が最小であるとき、そのパタンによる完全特化を可能にする賃金津体系が存在する。



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国際貿易論 第7回
参考図

3国3財の場合の図解法

                             2009.6.1 塩沢由典

(1)重心表示

2国2財の場合に比べ、3国3財以上の分析ははるかに難しくなるが、この場合には、まだ図解が可能である。この場合になれておくと、図解はできなくなるが、より一般のM国N財の場合を分析する指針(Guide)ともなる。そこで、まず簡単に、3国3財の図解法を説明しよう。

分析の中心となるのは、3国の賃金率の比率 wA, wB, wC である。これらはすべて正(または0)であり、比率のみが関係する(競争条件を分析するには、相対価格のみが関係する)。このような対象は
wA + wB + wC = 1
と標準化すると、各比率はxy平面内の三角形内の一点として、重心表示される。

三角形の頂点を
  (xA, yA), (xB, yB), (xC, yC)
とするとき、各頂点に重みwA, wB, wCをもつ重心は
  wA・(xA, yA)+wB・(xB, yB)+wC・(xC, yC)
で表される。

注意
条件wA + wB + wC =1がない場合には、
  (wA/wA+wB+wC)・(xA, yA)+(wB/wA+wB+wC)・(xB, yB)+(wC/wA+wB+wC)・(xC, yC)
となる。

平面内の3角形としては、退化して(つまりつぶれて)いなければなんでもよいが、3つの国を対等に扱うなら、正三角形を用いるのが適当であろう。しかし、プログラムの都合などによって、(1,0)、(0,1)、(0,0)という直角三角形を用いることもある。

逆に、3角形内の任意の一点は、それを重心とするような実数の三つ組
wA, wB, wC ただし、wA>0, wB>0, wC>0 かつ wA+wB+wC=1
が存在する。すなわち、重心表示により、3角形内の任意の一点と実数の三つ組みで
  wA>0, wB>0, wC>0 かつ wA+wB+wC=1
を満たすものとの間に1対1上への対応が存在する。これにより、表示(wA, wB, wC)と三角形内の一点とを同一視することができる。

(2)競争的領域

いま、ある財の労働投入係数がそれぞれ
   tA, tB, tC
であるとしよう。賃金率
   wA, wB, wC
を考えよう。重心座標を用いるために、この体系は基準化されているとする。すなわち
   wA+wB+wC=1
を仮定する。

いま、簡単のために、各国・各産業の上乗せ率は0であるとしよう。そうでない場合も、労働投入係数を(1+rij)倍した修正労働投入係数を用いれば、基本的には同じ考察ができる。

まず、「競争的である」という概念を定義しよう。ある財について、A国の生産価格がB国、C国の生産価格より小さいとき、同財について、A国がB国、C国に対し、強い意味で競争的であるという。これにたいし、A国の生産価格がB国、C国の生産価格より小さいか等しいとき、同財について、A国がB国、C国に対し、弱い意味で競争的であるという。形容詞なしに「競争的」という場合は、弱い意味で競争的であることと約束する。

さて、ある財について、A国がB国、C国に対し、競争的であるとしよう。これは、財に関するA国の生産価格が同財のB国、C国の生産価格より小さいか等しいことを意味する。これを数式で表すと
   wA tA ≦ wB tB, wA tA ≦ wC tC.
これは、
   wA : wB ≦ tB : tA , wA : wC ≦ tC : tA
あるいは
   wA : wB ≦ 1/tA : 1/tB , wA : wC ≦ 1/tA : 1/tC.
この関係は、重心表示で見ると、分かりやすい。

いま、1/tA, 1/tB, 1/tC という比率をもつ重心座標を求めてみよう。かりに表示三角形を正三角形ABCとして、基準化するためには
   s = 1/tA+1/tB+1/tC
とする。このとき、重み
   (1/s)(1/tA), (1/s)(1/tB), (1/s)(1/tC)
をもつ重心座標を正三角形ABC内の点Uとなったとする。

このとき、賃金率体系wA, wB, wCが条件
   wA tA ≦ wB tB, wA tA ≦ wC tC.
を満たす必要十分条件は、wA, wB, wCの重心座標が三角形UBC内にあることである。


参考図 1


☆証明☆
頂点Cから点Uをとおり引いた直線が辺ABと交わる点をmCとする。このとき、mCは辺ABを
    1/tA : 1/tB
に内分している。よって、
    wA : wB ≦ 1/tA : 1/tB
は、wA, wB, wCの重心座標P(wA, wB, wC)が三角形ABC内の、線分CmCより頂点Bの側にあることを意味する(内分比は、重みが小さいほど、頂点から遠ざかることに注意)。

同様に
    wA : wC ≦ 1/tA : 1/tC
は、頂点Bから点Uをとおり引いた直線が辺ACと交わる点をmBとすると、wA, wB, wCの重心座標P(wA, wB, wC)が三角形ABC内の、線分BmBより頂点Cの側にあることを意味する。

これより、ある財について、A国がB国、C国に対し、強い意味で競争的であるための必要十分条件は、賃金率体系wA, wB, wCの重心座標が三角形UBCの内部ないし辺上あることを意味する。証明終り。

強い意味で競争的であるためには、辺UB, UCをのぞく閉三角形UBC上あることが必要十分となる。

上に定義されたY=P(1/tA, 1/tB, 1/tC)をこの財に関する分岐頂点という。分岐頂点が求められれば、A国、B国、C国がそれぞれ他の2国より競争的である領域は、賃金率体系wA, wB, wCの重心座標がそれぞれ三角形UBC、 三角形UCA、三角形UABで与えられる。

(3)Jonesの数値例の図示

Jonesの数値例(Ronald Jones, 1961)   第6回と違い、国を表側としている。
   穀 物  亜麻布  毛織物
A国   10   5     4
B国   10     7     3
C国 10     3     2
を考えてみよう。これには3つの財があるから、それぞれに分岐頂点がある。

この図を計算すると、参考図2となる。

ただし、穀物の分岐頂点をU1、亜麻布の分岐頂点をU2、毛織物の分岐頂点をU3としてある。

☆考察☆
完全特化の領域は三角形U1U2U3で与えられる。この三角形の内部では
  A国は亜麻布に、B国は穀物に、C国は毛織物に
強い意味で競争的である。

完全特化の領域以外は、どうなるであろうか。

(4)分担的領域

AとU3、BとU2を結ぶ線分が交わる点をD、BとU2、CとU1わ結ぶ線分が交わる点をE、AとU3、CとU1とが交わる点をFとする。このとき、小三角形DEFはなに意味するだろうか。

三角形DEF内部の点は、U1についてみると、第1財についてはB国が強い意味で競争的である。U2についてみると、第2財についてはA国が強い意味で競争的である。最後にU3についてみると、C国が強い意味で競争的である。これより、三角形DEF内部の点は、A国は第2財に、B国は第1財に、C国は第3財に強い意味で競争的であることを意味する。

Jonesの数値例において、完全特化のパタンとして選出されたのは、上の三角形内で成立する戸塚パタンであった。

しかし、任意の国が少なくともひとつの財につき(弱い意味で)競争的であるためには、賃金率の体系は、三角形DEFの内部になければならないわけではない。Jonesの例では、
  三角形DEFの周、EとU1、DとU2、FとU3とを結ぶ線分、および頂点U1、U2、U3
の上にある賃金率の体系は、すべて国は少なくとも一つ財につき競争的である。

これの点の表す賃金率体系は、各国が少なくともひとつ競争的な財を持つという意味で「分担的」ということにしょう。Jonesの数値例の場合、分担的な賃金率の体系の集合は、三角形にひげの生えたような集合となっている。これらは、ばらばらに存在するのでなく、
  一つの三角形、6つの線分、6つの点
から構成されている。この集合の各要素は、それぞれ多面体である。また、各要素の集合は、共通部分が空でなければ、(より低い次元の要素に対応する)集合を共通集合としている。このような構造の集合を「多面体的複体」という。

分担的集合は、かならず多面体的複体となっている。ただし、3国3財の場合でも、労働投入係数のあり方によっては、2次元の多面体は3角形とは限らず、4角形、5角形、6角形の場合があり、また2次元の多面体の存在しない場合もある。

(5)次週

では、分担的複体を構成するそれぞれの多面体は、なにを意味し、なにを示しているのであろうか。これは次週の課題とする。



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国際貿易論 第8回
参考図

3国3財の場合: 賃金率と生産可能集合の極大面

                            2009.6.8 塩沢由典

(1)2国2財の場合(半分、復習)

    第1財   第2財    賃金率  労働力量
A国   tA1 tA2     wA    LA 
B国 tB1 tB2 wB LB

という労働投入係数行列と賃金率と労働力量とが与えられたとしよう。投入係数は、各財の生産物1単位につき必要な投入量として与えられているものとする。

このとき、どの国も少なくとも一つ、競争的な商品をもつ条件は、次のように与えられる。

いま
     tA1/tB1 < tA2/tB2
とするとき、
     tA1/tB1 ≦ wB/wA ≦ tA2/tB2
としてみよう。これは
     tA1 wA ≦ tB1 wB かつ wB tB2 ≦ tA2 wA
を意味するから、A国は第1財に、B国は第2財に競争的となる。等号がなりつた場合、祖の財は両国で弱い意味で競争的となる。wB/wAが閉区間[tA1/tB1, tA2/tB2]の外にある場合は、どちらかの国が2財について強い意味で競争的となり、分担的ではありえない。

反対に
     tA1/tB1 > tA2/tB2
とするとき、wB/wAが閉区間[tA1/tB1, tA2/tB2]上にあることが両国が少なくとも1財について強い意味で競争的となる必要十分条件であり、wB/wAが閉区間の外にあるとき、競争関係は分担的ではありえない。

最後に
     tA1/tB1 = tA2/tB2
とするとき、
     tA1/tB1 = wB/wA = tA2/tB2
が競争関係が分担的であるための必要十分条件である。

特別な tA1/tB1 = tA2/tB2 という場合を除けば、投入係数たちは、同じ財に対する投入係数の比の大小関係によって、場合が分けられる。そこで、最初に財の番号を決めるとき、同じ財に対する両国の投入係数の比率が小さい順に番号を付けなおすとすれば、つねに     tA1/tB1 < tA2/tB2
と前提して議論してよいことになる。

さて、tA1/tB1 < tA2/tB2 を前提とするとき、分担的な競争関係を与える賃金率の比率
wB/wAは、閉区間[tA1/tB1, tA2/tB2] 上のどこかにある。場合は、3つに分けられる。
(i) wB/wAがtA1/tB1に等しいとき
(A) wB/wAがtA1/tB1とtA2/tB2の間にあるとき
(B) wB/wAがtA2/tB2に等しいとき

(i)の場合:
wB/wA=tA1/tB1 かつ wB/wA < tA2/tB2
だから、国際的に成立する競争的価格は
  p1 = tA1 wA = tB1 wB と p2 = tB2 wB
で与えられる。価格比は
  p2/p1 = (tB2 wB)/(tB1 wB) = tB2/tB1.
このとき、A国は第1財のみが競争的であるので、可能な生産はすべて第1財に振り向けられる。したがって、第1財の生産量xA1は、次式で与えられる:
  xA1 = LA/tA1.
第2財の生産量 xA2 は0である。

B国では、第1財と第2財の双方が競争的となる。したがって、可能な生産は、労働力を第1財と第2財に振り分けるものとなる。いま両財の生産量を xB1, xB2 とするとき、可能な生産は、以下の条件を満たさなければならない:
  xB1 tB1 + xB2 tB2 ≦ LB.
この式は、変形すると
     xB1/(LB/tB1) +xB2/(LB/tB2) ≦ 1.
各生産は非負とすると、これは、xB1, xB2平面上で、xB1軸上に切片 LB/tB1、xB2軸上に切片 LB/tB2 をもつ線分と両軸により囲まれた部分となる。

A国、B国の生産を合わせると、世界における競争的な生産は
    (LA/tA1 + LB/tB1, 0) と (LA/tA1, LB/tB2)
を結ぶ線分とそれより左下の領域となる。

(A)の場合:
    tA1/tB1<wB/wA<tA2/tB2
より、
    tA1 wA < tB1 wB かつ wB tB2 < tA2 wA.
これより、国際価格は、第1財はA国生産により、第2財はB国生産により与えられる。よって
    p1 = tA1 wA かつ p2 = tB2 wB.
これより
    p2/p1 = tB2 wB/tA1 wA = (tB2/tA1)・(wB/wA).
これは、第1財と第2財の価格の比率はwB/wAの比率によって変動することを意味する。

競争的な生産は、A国では第1財に限られ、B国では第2財にかぎられる。よって、両国の生産量をxA1, xA2 およびxB1, xB2とすると
  xA1 = LA/tA1, xA2 = 0 および xB1 = 0, xB2 = LB/tB2.
あるいは、競争的な生産量は、両国で
    (LA/tA1,LB/tB2)
というただ1点で表される。

(B)の場合:
(i)と同じように推論すると、A国は第1財と第2財に、B国は第2財のみ競争的である。価格は、
   p1 = tA1 wA と p2 = tA2 wA = tB2 wB、
すなわち
   p2/p1 = (tA2 wA)/(tA1 wA) = tA2/tA1.
番号の付け方に関する仮定
     tA1/tB1 < tA2/tB2
より、(B)の価格比 tA2/tA1 は、(i)の価格比 tB2/tB1 より大きい。

また、A国、B国の生産を合わせると、世界における競争的な生産は
    (LA/tA1 + LB/tB1, 0) と (LA/tA1, LB/tB2)
を結ぶ線分とそれより左下の領域となる。

以上を総合すると、A、B両国からなる世界全体の生産は参考図(PTT第8回 第1図)のようになる。

賃金率比と価格比との対応、生産可能集合の極大面(フロンティア)の間に以下のような対応関係が成立する。
     賃金率比          価格比        極大面
(i) wB/wA=tA1/tB1        p2/p1 =tB2/tB1  線分EF
(A)tA1/tB1<wB/wA<tA2/tB2  tB2/tB1 (B)wB/wA=tA2/tB2 p2/p1 =tA2/tA1 線分FG
ただし、価格比と極大面の各要素(点および線分)とは、法線関係にある。

この関係をさらに、抽象化すると
    賃金率比     価格比        極大面
(i)  点          点   (開)線分
(A) (開)線分      (開)線分   点
(B) 点          点  (開)線分
という対応がある。

☆注意☆
賃金率比と価格比との間には1対1の対応関係(tB2/tA1倍するという関係)がある。
(i) tA1/tB1     p2/p1=(tB2/tA1)(wB/wA)       tB2/tB1 
(A)(tA1/tB1, tA2/tB2)  p2/p1=(tB2/tA1)(wB/wA) (tB2/tB1, tA2/tA1)
(B) tA2/tB2 p2/p1=(tB2/tA1)(wB/wA) tA2/tA1
賃金率比に対して、ひとつの価格比がきまること、およびひとつの価格費には、たたひとつの賃金率比が対応することは、一般的に成立するが証明を必要とする。
このとき、対応関係は、一般には線形ではなく、区分的に線形となる。

(2)2国多数財の場合

2国多数財への一般化は難しくない。(1)の場合を拡張して、以下の表が得られたとしよう。
   第1財  第2財 ... 第N財  賃金率  労働力量
A国  tA1 tA2  ...  tAN wA    LA
B国 tB1 tB2 ... tBN wB LB

ここで、財の番号の付け方は任意であるから、B国の投入係数に対するa国の投入係数の比を小さい順にとったとしよう。等号の場合の番号は、任意にひとつのに定める。すなわち、
  tA1/tB1 ≦ tA2/tB2 ≦ ... ≦ tAN/tBN
とならべられているとしよう。

このとき、wB/wAがすう直線状のどこに位置するかにより、場合が分かれる。いま、番号Jがあって、tAJ/tBJ<tA(J+1)/tB(J+1)としよう。
このとき、wB/wAが次のようになったとしよう。
 tA1/tB1≦tA2/tB2≦...≦tAJ/tBJ<wB/wA<tA(J+1)/tB(J+1)≦...≦tAN/tBN
となったとしよう。このとき、J以下の番号jにつき
   tAj/tBj<wB/wA となるから tAj wA<tBj wB.
すなわち、J以下の番号の財については、A国が競争的である。これに対し、Jより大きい番号kについては
   tAk/tBk<wB/wA となるから tAk wA<tBk wB
となるから、Jより大きい番号の財については、B国が競争的となる。そこで、
賃金率比が
   tAJ/tBJ<wB/wA<tA(J+1)/tB(J+1)
のとき、A国は第1財から第J財まで、B国は第J+1財から第N財までを生産する。この生産はA国で
   xA1 tA1 + ... + xAJ tAJ ≦ LA,
B国で 
   xB(J+1) tB(J+1) + ... + xBN tBN ≦ LB
を満たす生産でなければなない。生産の極大面(等号=を満たす集合)は、A国がJ-1次の単体、B国が(N-J-1)次の単体のミンコフスキー和となる。この多面体の次元は、N-2次の多面体(高い次元の平行四辺形)である。

☆注意☆ ミンコフスキー和
ベクトル空間Eの部分集合S1とS2とがあるとき、次で定義される集合
 { x + y | x∈S1, y∈S2}
をS1とS2のミンコフスキー和といい、簡単にS1+S2と書く。

xy平面において、S1が(0,0)と(1,0)を結ぶ線分、S2を(0,1)と(2,1)を結ぶ線分とするとき、S1+S2は
  (0,1), (1,1), (3,1), (2,1)
の4点を頂点とする平衡四辺形(およびその内部)となる。

このとき、価格は
  j≦Jにつき pj=tAj wA
j>Jにつき pj=tBj wB
となる。賃金率比wB/wAがtAJ/tBJとtA(J+1)/tB(J+1)の間を動くとき、価格pjもそれに応じて変化する。多面体がN次元の中のN-2次の面であるので、法線方向は、1次元だけの自由度がある。

つぎに、番号Jにつき、
 tA1/tB1≦tA2/tB2≦...<tAJ/tBJ=wB/wA<tA(J+1)/tB(J+1)≦...≦tAN/tBN
となったとしよう。このとき、
(i)J未満の番号jにつき、tAj/tBj<wB/wA よりtAj wA<tBj wB.
(A)番号Jにつき、tAJ/tBJ=wB/wA より tAj wA=tBj wB.
(B)Jより大きい番号jにつき、wB/wA<tAj/tBjより tAj wA>tBj wB.
よって、
 第1財から第J-1財まではA国が強い意味で競争的、
 第J財については、A国とB国が競争的、
 第J+1財から第N財までは、B国が競争的となる。

このとき、生産可能集合の極大面は、
  S1={x ≧0 | xA1 tA1 + ... + xAJ tAJ = LA}
  S2={x ≧0 | xBJ tBJ + ... + xBN tBN = LB}
の二つの集合のミンコフスキー和となり、次元N-1をもつ。これはN次元空間の超平面であり、法線方向はただひとつに定まる。それは
(i) j<J につき pj= tAj wA
(A)j=J につき、pJ= tAJ wA = tBj wB
(B)j>J につき、pj= tBj wB
で与えられる。

最後に、投入係数の比がJからJ+Kまで等しく
tA1/tB1≦...<tAJ/tBJ=...=tA(J+K1)/tB(J+K)<tA(J+L+1)/tB(J+K+1)≦...≦tAN/tBN
となっていたとしよう。このとき、もし
      wB/wA=tAJ/tBJ=...=tA(J+K1)/tB(J+K)
とすると、番号jがJからJ+Kまでにつき
    tAj wA = tBj wB
となり、これらの財については、A国・B国双方が競争的となる。

それぞれの国の生産可能集合は
  S1={x ≧0 | xA1 tA1 + ... + xA(J+K) tA(J+K) = LA}
  S2={x ≧0 | xBJ tBJ + ... +  xBN tBN = LB}
となり、それぞれの次元はJ+K-1とN-Jとなる。しかし、このミンコフスキー和は、
  (J+K-1)+(N-J) = N+K-1
とはならず(空間の次元がNだから、その次元を超えることはできない)、N-1次元の超平面になる。この法線方向となる価格は
(i) j<J につき pj= tAj wA
(A)j=J, ..., J+K につき、pi= tAj wA = tBj wB
(B)j>J+K につき、pj= tBj wB
で与えられる。

まとめとして、2国多数財の場合は、価格および生産可能集合を高い次元の空間の中で感変えることを除けば、数学的には2国2財の場合とほとんどからない(あるいは、ほとんど直接的な拡張で十分である。)

(3)3国3財の場合

Jonesの数値例で考察を続けよう。ただし、生産可能集合の形を確定させるために、各国の労働力量を200、210、180と与える。

Jonesの数値例(Ronald Jones, 1961)
   第1財(穀物) 第2財(亜麻布) 第3財(毛織物) 生産力量
A国   10   5     4      200
B国    10      7     3      210
C国 10     3     2      180

各財の分岐頂点は、 交点番号
  U(1) = (1/3, 1/3, 1/3)          182
U(2) = (21/71, 15/71, 35/71)        35
U(3) = (3/13, 4/13, 6/13)         1
小さい三角形の頂点は、
  線分U(1)Cと線分U(2)Bの交点: C1 (3/11, 3/11, 5/11)   76
  線分U(1)Cと線分U(3)Aの交点: C2 (2/7, 2/7, 3/7)    69
線分U(2)Bと線分U(3)Aの交点: C3 (9/34, 5/17, 15/34)   8
と計算される。どの組合せを取ればよいかは、数値例からは直接は分からない。最善の方法は、各分岐頂点を求めて、図の上で分担的集合を求めてみることである。

分岐頂点の計算方法は、すでに示した。小さい三角形の頂点C1は、たとえば線分U(1)Cと線分U(2)Bの交点は、
    x:y = 1/10: 1/10 x:z = 1/5:1/3.
そこでxの値をそろえるために、後者に1/2=(1/10)/(1/5)を掛けると、後者は
    x:z = 1/10:1/6
となる。これより、3者の比率がもとまる:
x:y:z= 1/10:1/10:1/6
これをx+y+z=1となるように比率を取り直すと(各項を1/10+1/10+1/6で割ると)、
   x=3/11, y=3/11, z=5/11
となる。

第2図から分担的集合は、以下の各要素からなる。

2次元要素:
 △C1C2C3
1次元要素:
 U1C2, U2C1, U3C3, C1C2, C2C3, C3C1
0次元要素:
 U1, U2, U3, C1, C2, C3

これらは、それぞれが(正確には、点の場合を除き、境界部分を省いた相対内部の各点で同一となる)異なる競争状態を与えている。

その状況は、数値に注目するよりも、各点が重心表示における分岐頂点の位置と、それにより分けられる3つの三角形のどの内部あるかを見ることにより、決定される。

2次元要素△C1C2C3について: (第3図の8,69,76の三角形)
 (w1, w2, w3)が△C1C2C3の内部にあるとき、
 第1財はB国、第2財はA国、第3財はC国が競争的である。
このとき、各財の生産量は
  x1 = LB/tB1 = 210/10 = 21
x2 = LA/tA2 = 200/5 = 40
x3 = LC/tC3 = 180/2 = 90

これはただ1点のみからなる。                   (第4図のα点)

1次元要素U1C2について:               (第3図の182と69を結ぶ線分)
 (w1, w2, w3)が線分U1C2の内部にあるとき、
第1財はA国とB国、第2財はC国、第3財はC国が競争的である。
したがって、A国とB国とは第1財のみを生産するから
 x1 = xA1 + xB1 = LA/tA1 + LB/tB1 = 200/10 + 210/10 = 41.
他方、第2財と第3財はC国で生産されるので、労働力量LC=180は両財の生産に配分されなければならない:
tC2 x2 + tC3 x3 = LC あるいは 3 x2 + 2 x3 = 180.
これは切片形で書くと
  x2/60 + x3/90 = 1.
これより、C国の生産は、(0, 60, 0)と(0, 0, 90)を結ぶ線分。したがって、世界全体では
  (41, 60, 0) と (41, 0, 90)
を結ぶ線分。                    (第4図の領域182と69の境界)

1次元要素のうち、U2C1とU3C3は、U1C2と同様に計算できる。

1次元要素C1C2について:               (第3図の69と76を結ぶ線分)
 (w1, w2, w3)が線分C1C2の内部にあるとき、
第1財はA国とB国が、第2財はA国が、第3財はC国が競争的である。
これより、A国は第1財と第2財、B国は第1財、C国は第3財を競争的に生産する。
よって、A国の生産
  tA1 xA1 + tA2 xA2 = LA あるいは 10 xA1 + 5 xA2 = 200. これは切片形に書きなおすと、
  xA1/20 + xA2/40 = 200.
よって、A国の生産可能集合は、(20, 0, 0)と(0, 40, 0)を結ぶ線分となる。
つぎにB国の生産は xB1 = LB/tB1 = 210/10 = 21、
C国の生産は xC3 = LC/tC3 = 180/2 =90 となる。したがって、世界全体では
  (41, 0, 90)と(21, 40, 90)を結ぶ線分となる。
一次元要素C2C3、C3C1もC1C2と同様に計算できる。

0次元要素U1について:                    (第3図の182)
 (w1, w2, w3)がU1上にあるとき、
 tA1 wA = tB1 wB = tC1 wC = 10/3. (これはU1の定義式)
よって、第1財についてはA国、B国、C国がともに競争的である。第2財については、分岐頂点U2と大きい三角形ABCの各辺とで作る三角形との位置関係により、C国が競争的である。第三財についても同様に、C国が競争的となる。そこで、
A国とB国は第1財を生産し、C国は第1財、第2財、第3財を生産する。
よって、A国は第1財を xA1 = LA/tA1 = 200/10 =20 単位生産する。
B国も第1財を xB1 = LB/tB1 = 210/10 = 21単位生産する。
ところでC国は3つの財を競争的に生産する。そこで、それぞれの生産量をxC1, xC2, xC3とすると、
 tC1 xC1 + tC2 xC2 +tC3 xC3 = LC あるいは 10 xC1 + 3 xC2 + 2 xC3 = 180.
これを切片形に書き換えると、
   xC1/18 + xC2/60 + xC3/90 = 1.
よって、これは
  (18, 0, 0) と (0, 60, 0) と (0, 0, 90)
の3点を結ぶ三角形の点すべてを生産する。

世界全体では
  (59, 0, 0) と (41, 60, 0) と (41, 0, 90)
を3つの頂点とする三角形が生産可能集合の極大面となる。   (第4図の182領域)

他の頂点U2, U3についても、同様の考察と結果がしたがう。 (第4図の35領域と1領域)

価格は
  p1 = tA1 wA = pB1 wB = pC1 wC = 10・1/3 = 10/3
  p2 = tC2 wC = 3・(1/3) = 2/3
p3 = tC3 wC = 2・(1/3) = 2/3
よって、
  p1 : p2 : p3 = 5 : 1 : 1
この価格が極大な三角形の法線方向となる。

0次元要素C1について: (第3図の76点)
  (w1, w2, w3)がC1上にあるとき、これは線分U1Cと線分U3Aの双方に載っているから、 第1財はA国とB国が、第2財はA国が、第3財はB国とC国が競争的である。
よって、A国は第1財と第2財、B国は第1財と第3財、C国は第3財のみを競争的に生産する。そこで、まずA国について
   tA1 xA1 + tA2 xA2 = LA あるいは 10 xA1 + 5 xA2 = 200.
これを切片形に書きなおすと
   xA1/20 + xA2/ 40 = 1.
よって、生産は(20, 0, 0)と(0, 40, 0)とを結ぶ線分の各点に渡る。
つぎにB国について
   tB1 xB1 + tB3 xB3 = LB あるいは 10 xB1 + 3 xB3 = 210.
これを切片形に直して
   xB1/21 + xB3/70 = 1.
よって、B国の生産は (21, 0, 0) と (0, 0, 70)を結ぶ線分となる。
最後にC国は第3財のみを生産する。よって、その生産量は
   tC3 xC3 = 180 あるいは xC3 = 180/2 = 90.

これから、A、B両国の対応する生産は、二つの線分のミンコフスキー和、すなわち4つ点
   (41, 0, 0), (20, 0, 70), (21, 40, 0), (0, 40, 70)
を頂点とする平行四辺形となる。これにc国の生産(0, 0, 90)を加えると、結局、
   (41, 0, 90), (20, 0, 160), (21, 40, 90), (0, 40, 160)
を4つの頂点とする平行四辺形である。           (第4図の76領域)

この平行四辺形を生成する生産は
   (w1, w2, w3)=(2/7, 2/7, 3/7)
という関係を満たすから、
   p1 = tA1 wA = 10・2/7 = tB1 wB = 10・2/7 = 20/7
p2 = tA2 wA = tA2 wA = 5・2/7 = 10/7
p3 = tB3 wB = 3・2/7 = tC3 wC = 2・3/7 = 6/7
よって、価格比
   p1 : p2 : p3 = 20 : 10 : 6 = 10 : 5 : 3.

他の頂点C2、C3についても、同様の考察と結果がしたがう。  (第4図の69領域と8領域)

これらを整理すると、生産可能集合の極大面の形が分かる。それは3つの三角形と3つの平行四辺形がxyz空間の非負象限を互いに交わること、また隙間を作ることなく、すべてカバーしている。具体的には、第3図をみよ。これは原点から正三角形(1, 0, 0)、(1, 1, 0)、(0, 0, 1)上に透視したときの生産の比率(x1, x2, x3)の第1座標と第2座標とを取ったものである。

対応関係を再度整理すると

        第3図(賃金率比)  第4図(生産量比、規模は捨象) 次元の和
2次元要素:
 △C1C2C3 △8.69.76 α            2
1次元要素:
 U1C2      線分182.69 69領域と182領域の境界    2
 U2C3      線分35.76 35領域と76領域の境界     2
 U3C1 線分1.8       1領域と8領域の境界      2
 C1C2 線分69.76      69領域と76領域の境界     2
 C2C3 線分8.69       8領域と69領域の境界     2
 C3C1      線分8.76       8領域と69領域の境界     2
0次元要素:
 U1       点182        182領域           2
U2       点35         35領域            2
U3 点1         1領域            2
C1       点76         76領域            2
C2 点69         69領域            2
C3 点8         8領域            2

まとめ
(0)3国3財の場合の賃金率の分担的集合は、2国2財(あるいは2国多数財)のときのように、簡単な順序構造を作らず、一般には、2次元領域にひげの生えた形となる。
(1)賃金率比の分担的集合の各要素(の相対内部)の各点)は、生産可能集合の極大面の同じ要素を生成する。
(2)生産可能集合の極大面の各多角形は、ひとつの複体を構成する。
(3)(1)の対応は、分担的集合の複体から生産可能集合の極大面の各構成要素への1対1の対応であり、包含順序を逆転させる。

練習問題

(1)3国3財のリカード・モデルにおいて、基準化した分担的集合が2次元の領域を含まない場合を見つけよ。
(2)3国3財のリカード・モデルにおいて、基準化した分担的集合の2次元領域は、トン名形をとりうるか、考察せよ。
(3)それぞれは、生産可能集合の極大面にどのような特徴をもたらすか、考察せよ。

(4)賃金率格差への含意

4−1.2国2財の場合

2国2財の場合の生産可能集合が第1図に示された。これから、A国の賃金率に対するB国の賃金率の比率が、まず
   tA1/tB1 ≦ wB/wA ≦ tA2/tB2
という関係を満たすことがいえる。
tA1/tB1 = (1/tB1)/(1/tA1)
   tA2/tB2 = (1/tB2)/(1/tA2)
より、これはA国の賃金率に対するB国の賃金率の比率が、A国の生産性に対するB国の生産性の比率の最小と最大の間にあることを意味する。

2国多数財の場合でも、同様のことが言える。しかし、多数財では、生産性の差異の大きな財もあれば、あまり大きくない財もある。たとえば、理髪の生産性は、2国でほとんど変わらないが、自動車生産では(資本設備を用いてではあるが)100倍も生産性が違うということがある。このような判定基準では、2国の賃金格差はあまり狭い範囲には決定できない。

しかし、需要の状況が分かれば、話は大きく異なる。たとえば、第1図において、需要がEF面かまたはFG面のどちらかにあるとしよう。前者であれば、価格はp2/p1=tB2/tB1となり、対応する賃金率比wB/wAはtA1/tB1に一義的に定まる。逆に需要がFG面にくれば、価格はp2/p1=tA1/tA2で賃金率比はwB/wAはtA2/tB2に定まる。

4−2.3国3財の場合

Jonesの数値例は、一例でしかない。しかし、これからある程度の一般的推定をすることはできる。

まず第一に、分岐頂点は、投入係数に逆比例する関係にある。たとえば、第3財の分岐頂点は
   U(3) = (3/13, 4/13, 6/13)        
と表されるが、これは第3財1単位生産するときの投入係数
   A国:B国:C国  4:3:2
にちょうど逆比例している。これは分岐頂点の取り方から当然であるが、分担的集合が3つの分岐頂点からなる三角形に包まれるとは限らない。じっさい、分担的集合の2次元領域が4角形、5角形あるいは6角形となることがあり、これらはつねに凸である。したがって、これらの頂点のうち、分岐頂点でないものは、分岐頂点の作る3角形の内部には入らない。たとえば、第5図をみよ。

しかし、このときでも、2国間の労働生産性を比較すれば、分担的集合は、つねに労働生産性の比の最大と最小との間にある。これは、国際的に成立する賃金率が2国間で比較すれば、労働生産性の最大と最小の間にあることを意味する。

この場合も、需要のあり方が分かれば、賃金率比をより詳細に決めることができる。たとえば、第4図において、需要の比率が8領域に入るようなものであるとしよう。このとき、賃金率比は
   (9/34, 5/17, 15/34)
となる。したがって、C国はB国の3倍の賃金をもらうことになるる。これに対し、需要がもし182領域にあるならば、賃金率比は1:1:1となり、3国は等しい賃金率をもつ。

一般に、需要の構成比が極大面のある2次元領域にあり、それが領域への法線ベクトルである価格体系と両立するならば、価格と各国の賃金率比とは一義的に定まる。

このような関係は、任意の投入係数をもつリカード・モデルについて成立する。同様の主張は、リカード・モデルだけではなく、貿易される中間財をもつリカード・スラッファ型貿易理論についても成立する。



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国際貿易論 第9回

原材料の投入と貿易

                              2009.6.15 塩沢由典

(1)投入財がある場合の生産価格

これまでは、生産には労働のみが必要な労働投入経済を考察してきた。今後は、生産には財が投入される経済を考える。そのような経済の例として、まず一国内で財の生産に財が投入される場合を考えよう。


まず、あるひとつの国の閉鎖経済を考える。この国は第1財から第N財までを生産しているとしよう。技術は、労働投入によって基準化すれば、たとえば
1 a11 a12 ... a1N  => b1
1 a21 a22 ... a2N  => b2
・・・
1 aN1 aN2 ... aNN  => bN
と書くことができる。このうち、最初の列を第0列、その次から第1列と数えることにすれば、aj0 = 1 は、第j財をbkだけ産出するのに必要な労働投入係数、ajkは、第j財j財をbjだけ産出するのに必要な第1財の投入量を表す。しかし、価格関係等を考察するには、投入と産出を別々に書く必要はないので、ajkを左辺に移して、財の産出を正、投入を負として
  b1-a11 -a12 ... -a1N
-a21 b2-a22 -a2N
・・・
-aN1 -aN2 ... -aNN
という係数行列を考えよう。これを改めて、A=(ajk)と書くことにする。今後は、係数ajkは、とくに断らないかぎり、産出と投入を純量で考えた生産係数とする。

行列Aは、生産型と呼ばれる特別な符号構造をもっている。すなわち、
  任意のi,k について j≠k なら ajk ≦ 0, j=kなら ajk > 0. 
このような符号構造をもつ正方行列は生産型(production type)であるという。生産型の行列Aついて、ある非負ベクトルsがあって、
  sA > 0
となるき、生産型行列Aは生産的(productive)であるという。生産型と生産的と類似の表現が現れたが、これらはまったくちがう概念であるので、厳密に使い分けなければならない。これを定義として掲出しておこう。

[定義](行列、配列が生産型、生産的)
正方行列A=(ajk)について
  任意のjとkについて、j≠kのとき ajk ≦ 0, j=kなら ajk > 0
が成りたつとき、行列Aは生産型であるという。生産型の行列Aについて、ある非負行ベクトルsがあり、
  s A > 0
となるとき、生産型行列Aは生産的であるという。また、N次元空間のN個ベクトルがあって、それらを順番どおりに並べた行列が生産型であるとき、N個のベクトルは生産型の配列という。行列が生産的であるとき、配列も生産的であるという。

生産的といいうる行列は、つねに生産型の正方行列であることに注意しよう。
さて、生産的な行列Aについて、次の重要な定理が成りたつ。

[定理1](非負逆転可能定理)
行列Aが生産的であるとき、Aは非負な逆行列A^(-1)をもつ。

この定理の証明は、配布資料を参照のこと。いくつかことなる証明方法が知られている。この定理は、生産型の行列ないし配列についての基礎的な定理である。これより、たとえば、定理2がしたがう。

[定理2](支持超平面)
行列Aが生産的であるとき、ベクトル空間V=(x1, x2, ... , xN)において、N個の点
  (a11, a12, ... , a1N)
(a21, a22, ... , a2N)
・  ・  ・
  (aN1, aN2, ... , aNN)
を通る超平面(N-1次元の"平面")が唯一つ存在して、あるN個の正の数 pk (k=1, 2, ... , N)によって
  p1 x1 + p2 x2 + ... + pn xN = 1
と表される。

(定理1)=>(定理2)を示そう。

行列Aが生産的なら、定理1より行列Aの逆行列で非負なものが存在する。それをBとしよう。逆行列の定義から
   A B = E かつ B A = E。
ただし、EはN次の単位行列(対角線上に1、他のすべての位置には0を配置した行列)とする。
 いま、Iを1のみからなる縦行列として、
   p = B I
とおいてみよう。このとき、
   A p = A B I = E I = I.
そこで、次で定義される超平面
    = 1                      (1-1)
わ考えよう。任意のjにつき
   x1 = aj1, x2 = aj2, ... , xN = ajN
と置くと、
  p1 aj1 + p2 aj2 + ... + pn ajN = 1.           (1-2)
これより、N個の点 (aj1, aj2, ... , ajN) を通る超平面(1-1)が存在する。

ところで、pは正ベクトルである。まずBは非負だから、 p= B I ≧ 0.しかも、B A= Iより、Bの任意の行ベクトルは、0ではない(すなわち、すくなくともひとつは正)。よって、  p= B I > 0.
次に、もし別の縦ベクトルqが存在して、超平面 
  < x , q> = 1
がすべての(aj1, aj2, ... , ajN)を含むとしよう。これは
  A q = I
を意味するが、左からBを作用させると
   q = B A q = B I
となり、p=q. これで、定理2が証明された。

定理1を基礎にして、次の最小価格定理が証明できる。

[定理3](最小価格定理)
単純生産の経済Eにおいて、各財を純生産する技術がそれぞれひとつ以上有限個与えられているとする。このとき、各財を純生産する技術をそれぞれひとつとって、それに関する行列をA、賃金率をwとする生産価格をpとするとき、
  p= w A^(-1) I
かつ経済Eの任意の技術に対応する純生産係数ベクトルをa=(a1, a2, ... , aN)とすると、
   ≦ w.

最小生産価格は、最小生産価格をpとするとき、
   = w.
を満たす、それぞれ異なる財を純生産するN個の技術があり、他の任意の技術について
   ≦ w
がなりたつことといってもよい。さらに、定理2をもちいると、非負象限内にある経済Eの生産可能集合の極大面は、ただひとつからなることもいえる。

最小価格定理の経済学的含意は重大である。古典派経済学は、正常価格の存在を考えた。限界革命以降、正常価格という考えは消失したが、それはすべては需給均衡で決まるという考えが浸透したためであった。最小価格定理は、現代的な形で、正常価格の存在を示している。

(2)投入財が貿易される場合/なにが難しいか

投入財が貿易されない場合、各国の最小生産価格は、賃金率wを決めれば、一義的に定まる。最終財のみが貿易される場合、賃金率w=1に対応するA国の最小生産価格をp(A)などと書くことにすれば、各国の賃金率をwA, wB, ... , wM とするとき、各国は自国の最小生産価格
  wA p(A), wB p(B), ... , wM p(M)
などと、他国の生産価格とを比較すればよい。これは、労働投入のみの場合と大差ない仕方で比較できる。

しかし、原材料が貿易されるようになると、話は違ってくる。wA, wB, ... , wMが違い、各国の競争的な財が何であるか違ってくると、原材料投入を通して、自国の生産価格まで変わってくる。

貿易論では、貿易される生産された投入財を中間財と呼ぶ。中間財取引の重要性は、つとに指摘されてきたが、中間財を含む一般理論は、これまで存在しないといってよい。多くの分析では、中間財の特定の貿易パタンを想定してた上で議論されている。

(3)国際貿易状況における最小価格定理

各国の賃金率の体系を
  wA , wB , ... , wM
と固定するとき、世界貿易状況における最小価格定理が得られる。各財ごとにそれを競争的に生産する国と産業技術a(j)が存在して、世界共通の生産価格をpとするとき、任意のjにつき
  < a(j) , p > = wC(j)
ただし、C(j)は、第j財を純生産する技術a(j)がどの国の技術であるかを示す関数。また、このとき、任意の国の任意の技術τに対し、それがC(τ)に属するとすると、
  < a(τ) , p > ≦ wC(τ)
が成立する。

このような状況においては、
  < a(τ) , p > = wC(τ)
なら、C(τ)国の技術a(τ)による生産は競争的となる。これに反し、
  < a(τ) , p > < wC(τ)
のとき、C(τ)国の技術a(τ)による生産は非競争的である。

このように、各国の賃金率の体系 wA , wB , ... , wM をひとつ与えると、最小価格定理によって、世界全体の競争状態が決められる。ただし、この場合、どの国も最低限ひとつ以上、競争的な技術をもつかどうか保証の限りでない。

賃金率の体系 wA , wB , ... , wM において、世界最小価格によって、各国が少なくともひとつ競争的な技術をもつとき、そのような賃金率の体系は分担的であるという。

このとき、もっとも重要な問題は、分担的な賃金率はつねに存在するか否かである。

後に、各国が生産的な技術系をもつとき、任意の技術体系は分担的な賃金率の体系をもつことが示される。また、存在するとすれば、分担的な賃金率の集合は、一般にどんな形をしているだろうか。世界全体の需要の比率が与えられたとき、ちょうどその比率で生産するような競争的な生産は存在するだろうか。これらの問題を解くことから、新しい貿易理論=リカード・スラッファ型貿易理論が生まれる。

これは、
-生産される投入財
-中間財の貿易
-技術選択
という設定のもとに多数国・多数財の経済について展開される。



国際貿易論 第10回

リカード・スラッファ型貿易経済の一般理論

                          2009.6.22 塩沢由典

(1)設定と記号

次の経済E考える:

@経済には、M個の国が存在する。
A経済には、N個の財が存在する。
B世界は有限個の技術からなる集合Ξをもつ。
Cすべての技術は単純生産の仮定を満たす。
Dすべての技術について、労働投入は正である。
Eあらゆる技術は、ある国に属する。
F各国は、少なくともひとつ生産的な技術系をもつ。
G生産された財は、すべて国際的に取引しうる。
H国を越える財の移動には、輸送費用がかからない。

補足として、次の点に注意しよう。
Cは、二つ以上の財を純産出する技術は存在しないことを意味する。
E2国以上に共通の技術があるとすれば、それらを各国の技術と考えればよい。いたがって、この仮定は、何ら制約的なものではない。
Fは、各国の生産技術集合は、生産的であると言い直すこともできる。
Hは、国際貿易の仮定としては、現実的とはいえないが、当面は、輸送費が0として考察し、輸送費がかかる場合は、別途考察する。

以上の設定において、経済Eの国と財と技術にそれぞれ番号をつけ、それらを
 i=1, 2, ... , M
 j=1, 2, ... , N
t=1, 2, ... , T
としょう。技術番号tには、それが所属する国を示す関数C(t)が付随している。

生産的であるためには、各国は、各財について少なくともひとつ、それを生産する技術を持つから、
  T ≧ N M.
いま、番号技術τの技術をとり、労働投入係数で基準化した純生産係数ベクトルを
 a^t=(a^t_1, a^t_2, ... , a^t_N)
としよう。これを縦に並べてできる行列をA(Ξ)とする。A(Ξ)は、T行N列の行例である。技術はすべて単純生産タイプだから、技術番号tに対し、純生産される財の番号を示す関数D(t)が付随している。仮定から、j= D(t)とき a^t_j ≧ 0、またj ≠ D(t)とき a^t_j ≦ 0.

すべての要素が0か1であるT行M列の行例I(Ξ)=(l_{ti})を次のように定義する:
= 1  i = C(t)のとき
  l_{ti}
= 0 i ≠ C(t)のとき
これは、世界の賃金率体系を縦ベクトルw=(w1, w2, ... , wM)~とするとき、縦ベクトル
  I w
の第t行(すなわち、技術tに対応する賃金率)がC(t)であるようにするためである。I(Ξ)は、投入される労働が国ごとに異なると見たときの(基準化された)投入係数を表すと考えてもよい。

行列A(Ξ)と行列I(Ξ)とは、以下の議論の中心的対象である。これらがΞに関するものであることが明瞭である場合には、(Ξ)を省略して書いてもよいものとする。

(2)所与の賃金率体系における価格と競争パタン

(1)の設定条件を満たす経済と記号とを継承する。任意の非負で0でない賃金率体系
   w = (w1, w2, ... , wM)~
があるとき、第9回の複数国の場合の最小価格定理によれば、ある価格体系
p = (p1, p2, ... , pN)~
があって、
   A(Ξ) p ≦ I(Ξ) w                   (2-1)
が成立する。このとき、少なくともひとつ技術系γがあって、
   t = γ(j) j=1, 2, ... , N
に対し、不等式(2-1)の第t行では等式が成立している。このような技術系は複数あるかも知れないが、このような価格体系は、wを固定するとき、ただひとつ存在する。

不等式(2-1)がなりたつとき、(w, p)に関する競争パタンをつぎのように定義する:

  第t行において不等式(2-1)が等式で成りたつとき、技術tは競争的である。
  このような技術tについて、C(t)およびD(t)を取るとき、C(t)国は第D(t)財について  競争的であるともいう。

  また、第t行において不等式(2-1)が強い不等式<を満たすとき、技術tは非競争的で  ある。このような技術tについて、C(t)およびD(t)を取るとき、C(t)国は第D(t)財に  ついて非競争的であるともいう。

この定義により、賃金率体系wをひとつ決めるとき、それに対応する世界貿易のパタンがひとつ指定される。

(3)生産可能集合の極大フロンティアT

各国が正の労働力量をもつとして、それを
q = (q1, q2, ... , qM)  qj > 0
としよう。

このとき、労働力ベクトルqに対応する世界全体での生産可能集合Pを次で定義する:
   P = { y = s A | s ≧ 0, s I(Ξ)≦ q }

これは各国の生産可能集合のミンコフスキー和としても表される。

[注意]ミンコフスキー和
ベクトル空間において二つの集合AとBとに対し、
   { z = x + y | x ∈ A, y ∈ B }
を集合Aと集合Bのミンコフスキー和という。2次元平面において、AとBとが平行でない(あるいは一直線上にも載っていない)二つの線分とするとき、AとBのミンコフスキー和は、平行四辺形となる。

[定理3-1](生産可能であるための必要十分条件)
(1)の設定条件を満たす経済と記号とを継承する。財空間の元 y = (y1, y2, ... , yN) が生産可能集合Pに属するための必要十分条件は、次の命題が成りたつことである:
  不等式
     A p ≦ I w
  を満たす任意の非負ベクトル(w, p)について、
     < y, p > ≦ < q , w >
が成りたつ。

(証明)
命題が必要条件であるとこは、計算によりただちに従う。じっさい、財ベクトルyについて、yが生産可能集合に属するから、ある非負ベクトルsについて
   y = s A, s I ≦q, s ≧ 0
が成りたつ。このとき、
 <y , p > = <s A , p> = <s, Ap> = <s, I w> = <sI, w> ≦ <q, w>.
したがって、この定理の要点は、上の逆が成りたつことである。これはMinkowsky-Farkasの定理による。この定理を用いるために、命題を次のように表現しなおしてみよう。
   
   「I -A 「w ≧ 0 ならば <(q , -y), 「w > ≧0. 
 E 0」 p」   p」

ただし、AとIは技術集合から定められる財と労働の投入係数行列、EはN次の単位行列とする。条件式の第1段目は、 Ap ≦ I w を、第2段目は、ベクトルwが非負であることを意味している。したがって、以下に示すMinkowsky-Farkaskの定理によって、
   (s, t) 「I -A =( q, -y)
        E O」
を満たす非負ベクトル(s, t)が存在する。これは
    s I + t = q, s A = y
を意味するが、tが非負であることより、第1式は
    q ≧ s I
と同値である。これより、任意の非負ベクトル(w, p)について命題が成りたつとき、
    y = s A かつ s I ≦ q
を満たす非負ベクトルsが存在すること、すなわちyが生産可能集合の元であることが示された。 証明終わり。

上の定理の証明に用いられたMinkowsky-Farkaskの定理は、次の形を取っている。これは線型一次方程式の非負解が存在するための十分条件を与えるものである。

[Minkowsky-Farkaskの定理]
M行N列の実長方行列AとN次横ベクトルbとがあるとき、
    A x ≧0 を満たす任意のN次縦ベクトルxについて
< b, x > ≧ 0
が成りたつならば、
     y A = b
を満たすM次の非負横ベクトル y が存在する。

この定理の対偶は、以下の形となる。
もし連立方程式 y A = b を満たす非負解 y が存在しないならば、
    A x ≧ 0 かつ <x , b> < 0
を満たすベクトル x が存在する。

定理の逆、あるいは対偶の逆(すなわち定理の裏)は、計算のみで示される。しかし、定理が主張する存在は、深い結果を示している。証明は初等的であるが、省略する。

定理3-1の証明に使われているのは、(1)の諸仮定のうち、@ABDEのみで、Cの単純生産の仮定およびFの各国が生産可能な技術系をもつという仮定は用いられていなことに注意しよう。

(参考)
二階堂副包(1961)『経済のための線型数学』培風館、p.128.
G.M.ツィーグラー(2003)『凸多面体の数学』シュプリンガー・フェアラーク東京、p.50.
生産可能集合Pの元xで、それより大きなPの元yの存在しないものを極大という。すなわち、次の定義を置く:
  x ∈ Pが極大 <=> y ≧ x かつ y≠x を満たすPの元y が存在しない。

財空間のベクトルyが生産可能集合の極大な元であるための必要十分条件が以下の定理により与えられる。

[定理3-2](生産可能集合の元がその中で極大であるための必要十分条件)
(1)の設定条件を満たす経済と記号とを継承する。財空間の元 y = (y1, y2, ... , yN) が生産可能集合Pの極大元であるとき、M次およびN次の正の縦ベクトルwおよびpで
     A p ≦ I w かつ  < y, p > = < q , w >
を満たすものが存在する。逆に、このような縦ベクトルwおよびpが存在するなら、生産可能集合の元yは極大である。

(証明)
まず、財ベクトルyが生産可能集合の極大元であるためには、非負の生産規模ベクトルs があって
  y = s A かつ s I = q
となることが必要である。もし、そうでないとすると、ある国mにおいて
  (s I)m < qm.
しかし、仮定のFから、m国は生産的な技術系をもつから、qm- (sI)m の労働力を使って、ある正ベクトルzを純生産することができる。この生産規模ベクトルをtとすれば
   (s + t) A = s A + z > y
となり、yは極大元ではありえない。

さて、yがPの極大元であるとき、定義から不等式
   (s , 1)「 A -I ≧ 0 かつ ≠ 0
-y q」
は非負解sをもたない。じっさい、もし上の不等式が非負解sをもったとすると、
    s A ≧ y, q ≧ s I
で、次の二つの場合でなければならない。
  @ s A - y ≠ 0

  A q - s I ≠ 0.
もし@とすると、これはyより大きい生産可能元z = s Aが存在することになり矛盾。まだ、Aとすると、最初に確認したことから、やはりyは極大元ではありえない。したがって、不等式を満たす非負解sは存在しない。

ここで、二階堂副包(1961)p.157の補助定理1を用いると、不等式
   「 A -I 「p ≦ 0 かつ p > 0, w > 0
-y q」 w」
が解をもつ。これは正のベクトルwとpとが存在して
    A p ≦ I w かつ < q , w > ≦ < y , p > .
ところで、yは生産可能集合の元であるから、定理3-1より、A p ≦ I w を満たす任意のw, pについて、
    < y, p > ≦ < q , w >.
これより
    < y, p > = < q, w>.
よって、
   A p ≦ I w かつ < q , w > = <y , p>
を満たす正の縦ベクトルw, pの存在が言える。

逆は簡単である。もし、ある正のベクトル w, p について
   A p ≦ I w かつ < q , w > = <y , p>
が成りたつならば、yより大きい任意のPの元zで、条件
   y ≦z かつ z = t A, t I ≦ q
を満たすものに対し、
 <z - y, p > = <z , w> - <y, p > = <t A, w> - <q, w> ≦ <q, w> - <q, w> = 0.
ここで p>0 かつ z - y ≧ 0 より、z=yでなければならない。これは、真に大きいPの元zが存在しないこと、すなわちyがPの極大元であることを意味する。証明終わり。

定理3-2の証明において、(1)のCおよびFを用いたが、証明から分かることは、定理3-2が成りたつためには、各国がある財について純生産可能ならば十分である。この意味で、定理3-1、定理3-1は、単純生産の仮定を必要としない定理である。

生産可能集合Pの極大元yをひとつ決めると、定理3-2は、正のベクトルwとpで、条件
   A p ≦ I w かつ <y , p> = < q , w>
を満たすものが存在する。このとき、
   (A p)_t = (I w)_t
を満たす技術を競争的、
   (A p)_t < (I w)_t
を満たす技術を非競争的と呼ぶ。したがって、各極大元には、wとpとをきめることにより、ある競争パタンが指定される。ただ、yのあり方によっては、wとpの取り方には自由度がある。そのため、wとpの取り方によっては、指定される競争パタンがおじになるとは限らない。しかし、(6)に見るように、生産可能フロンティアを構成する凸多面体の相対内部という概念をもちいると、同じ相対内部にある限り、wとpとを取り替えても、それが上の性質を満たすものであるがぎり、同一の競争パタンを与える。

(4)生産可能集合の極大フロンティアU

さて、0でない任意の非負ベクトルxが与えられるとき、生産可能集合Pには、xの正の数倍の極大元が存在する。

このことは、以下のように証明される。まず、集合
  { η > 0 | η・x ∈ P }
は、経済が生産的であることから空でない。さらにPの各元yは y= sA , sI ≦ qを満たすことから、Pは有界である。そこで、xの成分が正である番号に注目すれば、集合自体も有界となり、上限η*をもつ。このとき、η*・x はPの極大元である。

じっさい、もしη*・xが極大でないとすると、矛盾がおこる。まず、Pは閉集合だから
  z = η*・x ∈ P.
また、zが極大でないとすると、Pにはzより大きい元 u (u ∈ P、u ≧ z かつ u ≠ z ) が存在する。その生産規模をt、zの生産規模をsとしよう。

仮定から、ある財番号jにつき、uj > zj。このとき、財jを生産するある技術τについて tτ > sτ.
じっさい、もしこのようなτがないなら、財jを生産するすべての技術についてt≦sとなり、uj ≦ zjとなってしまう。ここでδ=tτ−sτとし、新しい生産規模ベクトルs'を
  t'j = tj j ≠ τ、
     tj−δ j=τ
と定義する。このとき、技術j以外では生産規模に変化がなく、技術jのみで規模が縮小している。技術が単純生産の仮定を満たすから、
t' A ≧ z.
また、技術jの属する国では、δだけ労働力があまる。任意の国は、生産的な技術をもつから、δを用いて正のベクトルを純生産すれば、全体では
  y > z
を満たす生産可能な生産yが存在することになる。そうなると、十分小さなεについて
  (η* + ε)・x x ∈ P.
しかし、これはη*が上限であることに反する。証明終わり。

[注意]この証明には、Cすべての技術が単純生産で、F各国が生産的な技術系を持つことを用いている。これらの仮定なしに、上の極大元が存在するかどうか、いまのところ不明。

以上のことを用いて、賃金率Δに分担的なものが存在することがいえる。じっさい、任意の正のベクトルxを取るとき、生産可能集合Pには、x方向の極大元y=η・xが存在する。この元に定理3-2を適用すれば、正のベクトルwとpとが存在して、
    A p ≦ I w かつ <q, w> = <y, p>
を満たす。また、これは生産可能集合の一点であるから、生産規模ベクトルsがあって、
   y = s A , s I ≦ q, s ≧ 0
を満たす。

このとき、任意のst > 0について、
    <a^t , p > = <I(t), w>.
じっさい、もしそうでないとすると
   <y, p> = <s A, p> = st <a^t, p> + (r≠t) sr <a^r, p>
< st・<I(t), w> + (r≠t) sr・<I(r), w> = <q , w>
これは仮定に反する。

ベクトルyは正であるから、任意の財番号jにつき、yj>0.技術は単純生産だから、jを純生産する技術tが存在して、 st > 0. このようなstにつき、上で確認したことから、
   <a^t , p > = <I(t), w>.
これがすべてのjにつき成りたつ。したがって、st>0を満たす技術のみからなる技術系をひとつ取り、γとすれば、γに属する技術系について
   A(γ) p = I(γ) w.
また、p,w の取り方から、γに属さない任意の技術についても
   A(Ξ) p ≦ I(Ξ) w
が成立する。

したがって、ベクトルpはwに対応する世界最小価格である。任意のwに対応する世界最小価格は、ただひとつ存在するから、wとpの対応が1対1であることも分かる。

(注意)極大元yに対応する(w, p)がただひとつ決まるとは限らないことに注意する。じっさい、極大元yが極大フロンティアのあるファセットの相対内部に含まれないかぎり、おなじ極大元yに対応する(w,p)はつねに複数ある。

上で存在が保証されるwとpをひとつ取ろう。このとき、賃金率wは、分担的である。これは以下のように示される。

いま、ある国Cが賃金率・価格体系w, pにおいて、競争的な技術をもたないといよう。Cに属する技術は、正の生産規模をもちえない。もしもったとすれば、上と同じようにして
  <y, p> < <q , w>
となり、仮定に反する。すると、C国の労働投入量は、全体として0ということになるが、各国は正の労働力量をもち、かつyが極大元だから労働力は余すところなく利用してなければならない。これは矛盾。したがって、賃金率wは分担的であることがいえる。

(5)賃金財Δの複体分割

基準化された賃金率の集合
  Δ={w | w≧0 かつ w1+ w2 + ... + wM =1 }
を考えよう。これを賃金率Δと呼ぶ。この任意の点wは、(2)に見たように、随伴する最小価格pとともに、ひとつの競争パタンCPt(w, p)を定める。競争パタンは、経済の技術集合Ξのある部分集合を定める。そこで、おなじ競争パタンをもつ集合を次により定義する:  D(Pt)={ w∈Δ | CPt(w)= Pt }.
この集合D(Pt)は、次のようにも定義できる。
  D(Pt)={w∈Δ | ∃p≧0; A p≧I w かつPtのすべてのtにつき (A p)_t = (I w)_t
      かつPtに属さないtについては (A p)_t > (I w)_t}
集合D~(Pt)={w∈Δ | ∃p≧0; A p≧I w かつPtのすべてのtにつき (A p)_t = (I w)_t
      かつPtに属さないtについては (A p)_t ≧ (I w)_t}
とおくと、集合D~(Pt)は凸多面体であることがわかる。したがって、D(Pt)は、凸多面体
D~(Pt)の相対内部である。

技術集合Ξの部分集合Ptを任意に選ぶとき、D~(Pt)は空となる可能性がある。集合D~(Pt)が空でないとき、それはかならず空でない相対内部D(Pt)をもつ。

(注意)凸多面体Pの相対内部とは、多面体Pをそれを含む最小のアッフィン空間の集合と見たとき、この空間の中での内点の全体をいう。ただし、多面体が0次元で、ただ1点からなる多面体であるとき、その相対内部は点そのものの集合である。

証明は与えないが、次の諸定理が成りたつ。

[定理5-1](賃金率デルタの胞体分割)
賃金率Δは、次の性質をもつ凸多面体(胞体)の集合Dに分割される。
@Dは、Δの凸多面体の集合である。
ADの各要素の相対内部は、互いに共通点をもたない。
BΔの任意の点は、Dのある要素の相対内部にある。
CDのある要素の相対内部の各点は、すべて同じ競争パタンをもつ。
DDの互いに異なるふたつの要素を取るとき、それぞれの相対内部は、異なる競争パタンをもつ。

(注意) 定理5-1のDにいう異なる要素として、一方が他方を包む場合がある。このときにも、それぞれの相対内部はことなる集合となり、その競争パタンはことなる。ただし、競争パタンの間には関係がある。たとえば、
  D1, D2 ∈D かつ D1 ⊂ D2
のとき、D1, D2の相対内部をD1゜およびD2゜と書こう。D1゜のどの点も同じ競争パタンをもつ。これをPt(D1゜)と書くことにしよう。D2゜にも同様の定義ができる。このとき、
  Pt(D1゜) ⊂ Pt(D2).
言い換えれば、Dのある要素D1に対し、その境界要素をなすD2を取ると、競争的である技術の集合は、逆向きの包含関係をもつ。


@〜Dの性質をもつ賃金率Δの胞体分割Dが与えられたとき、それを技術集合Ξに対応する胞体分割という。当然ながら、技術集合が異なれば、対応の胞体分割は異なる。どの技術集合に対応する胞体分割か明らかなときには、参照する技術集合を明示せず単に「胞体分割」という。

Dが胞体分割であるとき、その要素Dの競争パタンが分担的である(すなわち、任意の国が少なくともひとつ競争的な技術をもつ)とき、Dも分担的であるという。Dの分担的要素の集合をDの分担的集合という。

(注意)分担的集合ということばは、Δの各要素に定義される競争パタンからえられるwの集合にも用いられている。後者は、構成からDの分担的要素に含まれるwの集合の和に等しい。

分担的集合は賃金率Δの内部にある。じっさい、もしwA = 0とすると、wK = 0である国を除いて、B国、C国、... 、M国は競争的ではありえない。したがって、wあるいはDのある要素が分担的であるとき、wあるいはDは、賃金率Δの内部になければならない。

Δの胞体分割であるDについて、ある要素Dが分担的であるとしよう。そのパタンを
  t1, t2, ... , tK
とする。これらは技術であるから、それぞれある国に属する。そこでこれら技術を国ごとに整理して、
  A tA1, tA2, ... , tAKA
B tB1, tB2, ... , tBKB
・・・
  M tM1, tM2, ... , tMKM
となったとしよう。ここにKA, KB, ,,, , KM は、各国かもつ競争的技術の個数である。このとき、A国の競争的技術による生産 y は
   s(A)1・a_tA1 + s(A)2・a_tA2 + ... + s(A)KA・t_tAKA
s(A)1, s(A)2, ... , s(A)M ≧ 0 かつ s(A)1+s(A)2+ ... +s(A)M = qA
で与えられる。各技術tは w, p に関し競争的であるから、
   a_t p = 1 wA.
これより、その非負結合として
yA =s(A)1・a_tA1 + s(A)2・a_tA2 + ... + s(A)KA・a_tAKA.
同様に
   yB =s(B)1・a_tA1 + s(B)2・a_tA2 + ... + s(B)KA・a_tAKA.
・・・
   yM =s(M)1・a_tA1 + s(M)2・a_tA2 + ... + s(M)KA・a_tAKA.
それぞれの国の競争的な技術による純生産の集合をPcomp(A)などと書くことにしょう。

もし
   a_tA1, a_tA2, ... , a_tAKA
が財の空間Eでアッフィン独立ならば、k-1次元の単体となる。一般の場合には、それらがより低次のアッフィン空間に折りたたまれたものといえる。

このとき、各国の生産の和yは、
   yA + yB + ... + yM
で与えられる。あるいは、それらはPcomp(A)、Pcomp(B)、... 、Pcomp(M)のMinkowsky和であるといってもよい。

さて、Dの要素Dの相対内部に一点wと対応の最小価格pを取ろう。Dが分担的であるので、w>0. 定義からwとpは次の不等式を満たす。
   A p ≦ I w
また、任意の競争的な技術tにつき
   (A p)_t = (I w)_t.
競争的技術のみによる生産yについては、各国について
   <yA, p> = qA wA, <yB, p> = qB wB, ... , <yM, p> = qM wM
が成立するから、それら総和をとると
   < y , p > = < q, w>.
これより、生産 y は、
   A p ≦ I w かつ < y , p > = < q, w>
を満たす正のベクトルwとpとをもつので、純生産ベクトルyは生産可能集合の極大元である。

言い換えれば、任意の分担的な賃金率体系wとそれに対応する最小価格pを取るとき、競争的な技術のみを用い、どの国も労働力を存在するかぎり使い切るとき、その生産は生産脳集合Pの極大元である。

(6)生産可能フロンティアの多面体分割

生産可能集合Pの極大元の集合を生産可能極大面あるいは生産可能フロンティアという。生産可能フロンティアは、ある凸多面体の境界をなす凸多面体たちからなる集合であり、自然な胞体分割をもっている。

たとえば、生産可能集合Pは、原点Oの近傍にある正の領域を内部とする有界な集合である。したがって、生産可能フロンティアFは、正象限の原点を包むような一般には複数の凸多面体の集合に分割される。

その前に、極大元yの競争パタンを定義しておこう。まず、yは生産可能集合であるから、ある生産規模ベクトルs=(s_t)に対し
   y = s A = s_t・a_t  ただし s I = s_t・i_t ≦ q
と置ける。このようなsはひとつにかぎらないが、
   Cp(s) = {t ∈Ξ | s_t >0 } 
とおいてみよう。Cpの像は、技術集合のある部分集合である。このうち、包含順序について極大のものはただひとつある。じっさい、もし別の生産ベクトルs'で
   y = s' A = s'_t・a_t  ただし s' I = s'_t・i_t ≦ q
を満たすものがあるとすると、<br>    α・s + (1-α)・s'  (0 <α< 1)
も同じ条件を満たす。また、このとき
   Cp(α・s + (1-α)・s') = Cp(s) + Cp(s').
よって、極大なものはひとつユニークに定まる。これを極大点yの競争モードと呼び、
   CM(y)
と記す。このCM(y)を極大点yの競争パタンという。このとき、次の定理がなりたつ。

[定理6-1](生産可能フロンティアの胞体分割)
@生産可能フロンティアFは、複数の凸多面体の集合である。
Aことなる多面体の相対内部は、互いに共通点をもたない。
B生産可能フロンティアFの各点は、ある多面体の相対内部にある。
C各多面体の相対内部では、各点は同じ競争パタンをもつ。
Dことなる二つの多面体のそれぞれの相対内部では、ことなる競争パタンをもつ。

賃金率Δの場合、ひとつの超平面の一部であり、胞体分割は、定義しないかぎり現れないものだった。それに対し、生産可能フロンティアの場合、すでに生産可能集合のもつと津多面体としての構造が、そのまま競争パタンを反映するものとなっている。ここにフロンティアの胞体分割とΔの胞体分割との大きな違いがある。

定理の@ABは、フロンティアが凸多面体の境界の一部であることから直接したがう。むずかしいのは、Cである。これはつぎのように考察される。

まず、yをPの極大元としよう。定理3-2より、ある正のベクトルwとpが存在して、
    A p ≦ I p かつ <y , p> = <q , w>
が成りたつ。他方、定理3-1より、もしxが生産可能集合Pの元ならば、いかなるベクトルw, pについても、
    A p ≦ I p が成りたつならば、 <x , p> ≦ <q , w>.
よって、上のw, pについても同じ式が成りたつ。これは
    P ⊂ { x | <x , p> ≦ <q , w>}
を意味する。また、両者は極大元yを含むから 
    F = P ∩ { x | <x , p> = <q , w>}
は空でない。したがって、これはPのある面Fを定義している。

さて、点yがFの相対内部にあるかどうかで、場合が分かれる。点yがFの相対内部にあるとき、
   CM(y) = CPt(w, p)
かつが言える(証明は省略する)。このとき、
   D = {u = s_t a_t | s I= q, s ≧ 0 かつ s_t > 0 <=>t∈CPt(w, p)}
は面Fの相対内部の全体となる(証明は省略する)。

点yがFの相対内部にない場合、w,pを取り替えて、
   F = P ∩ { x | <x , p> = <q , w>}
により定義される面の相対内部にyがあるようにできる(この証明も省略)。

このような推論により、定理6-1が示される。面Fの相対内部では、各点はおなじw, pに対応する競争パタンをもつ。そこで、Fの相対内部の2点y, zを取るとき、
   <y , p> = <q , w > = <z, p>
とすることかできる。これは、書きなおすと
   <y - z , p> = 0.
すなわち、相対内部に張られるベクトルと相対内部に対応する価格ベクトルは互いに直交していることが分かる。

じつは、この逆も成立する。いま、極大点yがあるフロンティアの面Fの相対内部にあるとしよう。いま、Fの相対内部F゜が(w, p)および(w', p')によって
   F゜={u = s_t a_t | s I= q, s ≧ 0 かつ s_t > 0 <=>t∈CPt(w, p)}
={u = s_t a_t | s I= q, s ≧ 0 かつ s_t > 0 <=>t∈CPt(w', p')}
と書けるとすると、CPt(w, p) = CPt(w',p')でなければなない。じっさい、もし
   CPt(w, p)/CPt(w',p')が空でないとすると、CPt(w, p)/CPt(w',p')の元である技術tについて、ベクトルuが正のs_tについて、s_t a_t を含むとすると、
   u = 1 s_t・a_t + 2 s_t a_t
ただし、s I= q, s ≧ 0 
かつ t ∈ CPt(w, p)/CPt(w',p') s_t >0
かつ s_t > 0 <=>t∈CPt(w', p')となるが、
このとき、t ∈ CPt(w, p)/CPt(w',p')については
  < a_t , p'> < <1, w'_C(t)>
よって、
  < u, p' > < <q, w'>   
となってしまい、uは極大元ではありえない。CPt(w', p')/CPt(w,p)が空でない場合もおなじ。したがって、
   CPt(w, p)}=CPt(w', p')
でなければならない。これはおなじt∈CPt(w, p)}=CPt(w', p')について、w,pもw', p'も、同じ線型不等式
   (A p)_t = (I w)_t かつ w, p >0 かつ w1+w2+ ... + wM =1
の解でなければならない。したがって、ある極大元uに対応するwとpとは、賃金率空間と価格空間において、ある凸集合をなしている。これをΔに制約したものが、Δの胞体分割のある要素の相対内部にあたる。

(7)対応原理

いま、生産可能集合Pの極大フロンティアのひとつの極大なファセット(余次元1の面)をFとしよう。Fは、その相対内部のどの点においても、外向きに向かうただ一つの法線方向nをもっている。Fの相対内部の任意の点yに対し、正のベクトルwとpとがあって
   < y, p > = < q, w> かつ A p ≦ I w
を満たす。(6)で見たことにより、Fの相対内部の任意の2点z, yを取ると
   < z-y, p > = 0.
これより、pは法線方向に比例していることがわかる。これは言い換えれば、生産可能集合の極大ファセットをひとつ取るとき、そのファセットの任意の点は、あるひとつのwとpとにより競争的となる技術のみを用いて生成されるということである。

したがって、生産可能フロンティアの極大ファセットには、賃金財Δの分担的集合の次元0の要素が対応する。M国N財の経済において、賃金財Δは、最大M-1次元の胞体に分割され、そのうちのΔの内部にある分担的集合Sの各要素と、N次元空間のN次元凸多面体の極大面から構成される集合Fとの間に1対1、上への対応が成立し、対応する各要素の相対内部では、すべての点は同じ競争パタンをもつ。

とくに、分担的集合の要素Hと生産可能フロンティアの要素Gと同じ競争パタンをもつとき、
  dim(H) = N - dim(G) - 1 あるいは dim(H) + dim(G) = N-1.

(注意)
世界需要が生産可能フロンティアのあるファセットの相対内部にあり、変化してもおなじファセツトの相対内部に止まる限り、そこに成立する賃金率wとpとは比例を除いて一義的である。したがって、世界の賃金率の相対比率も、このような賃金率を考察する限り、一義的に定まる。こうして、リカード・スラッファ理論では、需要が同一ファセットの相対内部に止まるという条件のもとで、各国間の賃金率格差を説明するものでもある。



国際貿易論 第11回

リカード・スラッファ貿易理論の展開(その1)

                          2009.6.29 塩沢由典

(1)リカードの経済

リカードの数値例  規模と貿易を明示すると
貿易前   毛織物 投入係数 労働量 葡萄酒 投入係数 労働量 総労働量
イギリス  100   100   10000   100   120 12000   22000
ポルトガル 20   90 1800 20    80 1600 3400

貿易後   毛織物  投入係数 労働量 葡萄酒 投入係数 労働量 総労働量
イギリス  105   100   10500    95   120 11400   21900
ポルトガル 15   90 1350 25    80 2000 3350

イギリスからポルトガルに毛織物5単位ポルトガルを輸出し、葡萄酒5単位を輸入する。

これにより、イギリス・ポルトガル両国は、同じ量の商品を消費しながら、必要総労働量を双方50人ずつ減らすことができる。しかし、毛織物1単位は、イギリス国内では10対12、ポルトガル国内では9対8の比率で取引されているはずである。

貿易が拡大して、一方の生産がになった場合:
貿易後   毛織物  投入係数 労働量 葡萄酒 投入係数 労働量 総労働量
イギリス  120   100   12000    80    120 9600   21600
ポルトガル 0   90   0 40    80 3200 3200

イギリスからポルトガルに毛織物20単位ポルトガルを輸出し、葡萄酒20単位を輸入する。両財の交換比率を変えないかぎり、貿易の利益は、ここで限度となる。

毛織物1単位は、イギリス国内では10対12の比率で取引されているはずである。しかし、ポルトガルでは、もはや国内の交換比率は確定しない。

もし毛織物と葡萄酒が国際価格では1対1で交換されるとすれば、イギリスの労働120単位に対し、ポルトガルの労働80単位が交換されることになる。

もしイギリスの賃金率が8ポンド、ポルトガルの賃金率が12ポンドとすれば、
毛織物1単位 イギリス 8×100 = 800ポンド  ポルトガル 12×90 = 1080ポンド
葡萄酒1単位 イギリス 8×120 = 960ポンド  ポルトガル 12×80 = 960ポンド

したがって、
  イギリス 賃金率   8ポンド ポルトガル 賃金率 12ポンド
  国際価格   毛織物 800ポンド   葡萄酒 960ポンド
となる。これを交換比率とすると、

貿易後  毛織物 投入係数 労働量 葡萄酒 投入係数 労働量  総労働量
イギリス 120  100   12000   83(1/3) 120 10000    22000
ポルトガル 0  90   0 36(2/3) 80 2933(1/3)  2933(1/3)

このときポルトガルには貿易の利益があるが、イギリスには貿易の利益はないことになる。いずれにしても、リカードは、2重価格経済を考えていたと推定してよいであろう。

(2)生産可能集合の極大点

定理(極大点の特性定理)
もし、y = sA , s≧0 が生産可能集合の極大点であるなら、正のベクトルwとpとがあって、 A p ≦ I w かつ  = .

このことは、
   (A p)t < (I w)t
を満たす技術tについては、
    st = 0
を意味する。なぜなら、もし
   (A p)t < (I w)t かつ st > 0
とすると、
   <y, p> = < s A, p> = <s , Ap> < <s, Iw> = <s I, w> = <q, w>.

これは逆にいうと、生産されている技術tについては、
   (A p)t < (I w)t、
すなわち技術tは競争的でなければならない。

したがって、競争的貿易を
@ある正のwとpとについて価格関係 A p ≦ I w が成りたつ。
A競争的技術のみを用いて生産されている。
の2点を満たす状態と定義しよう。

競争的貿易は、かならず生産可能集合の極大点を生産している。

(3)貿易の調整

次の定理が成立する。

定理(生産量調節の可能性)
ある賃金率体系wにおいて、弱い意味で分担的な特化パタンが得られているとする。このとき、wに対応する生産価格で貿易を行なうとき、次の諸条件を満たすようにできる。
@世界全体では純生産の総量=総消費量は変わらない。
A各国は貿易開始前と同じ両の商品を消費する。
Bすべての国の任意の財の生産は正か0である。
Cどの国についても、総輸出額は、その国の総輸出額に等しい。
D各国の総労働量は、貿易開始前より小さいか等しい。
E輸入商品の価格は、賃金単位で見るとき、貿易前よりも高くない。

ただし、国内価格は、輸入商品の価格より高いか等しい。

(4)2重経済

国際貿易の開始により、2重経済が生ずる可能性がある。

この場合、競争的でない技術に生産に携わる資本家および労働者は、その国の一般より低い価格で働いていなければならない。つまり利潤率あるいは賃金率(あるいはその双方)が、その国の一般水準より低い。



国際貿易論 第12回

リカード・スラッファ貿易理論の展開(その2)

                          2009.7.6 塩沢由典

(1)極大元でない生産可能集合

生産可能な元とは、y = s A , s I ≦ q を満たすyをいう。これらの集合が生産可能集合、その極大点の集合が生産可能フロンティア(生産可能極大面)である。このとき、次の2定理が成りたつ。

[定理1]
ベクトルyが生産可能であるための必要十分条件は、任意のベクトルw, pで A p ≦ I w を満たすものについて、不等式
<y, p> ≦ <q, w>
を満たすことである。

証明省略。Cf. 塩沢(2007)定理4.1/Shiozawa(2007) Theorem 5.1.

[定理2](第11回再録)
ベクトルyが生産可能で、不等式 A p ≦ I w を満たす正のベクトルw, pについて、
<y, p> = <q, w>
なら、ベクトルyは極大元である。

以上の2定理から、次の考察ができる(一部第11回と重複)。

まず、不等式 A p ≦ I w を満たす正のベクトルw, pを任意にひとつ取ろう。ベクトルyが生産可能元ならば、y = s A , s I ≦ q だから、
  <y, p> = <s A, p> = <s, A p> ≦ <s, I w> = <s I,w> ≦ <q, w>.

これがすべて等号なら、
   A p ≦ I w かつ <y, p> = <q, w> で、定理2より、y = s A は極大元。
よって、yが極大元でないときは、次の@Aのどちらかを満たす(ともに満たす場合もある)。

@ <s, A p> < <s, I w>
  このとき、s_t > 0 で (A p)_t < (I w)_t を満たすものがある。
  つまり、w, pに関し価格競争的でないものが稼動している。

A <s I,w> < <q, w>
  このとき、wが正だから、 (s I)_m < q_m となるmが存在する。したがって、すくなくともm国については、失業が存在する。

注意:これはw, pが現実の価格であることを想定した話ではない。もし、そういう賃金率・価格体系が成立した場合には、競争的でない技術での生産規模(操業)が正であるか、ある国に失業が発生せざるを得ないことのみを示す。

(2)極大元でない生産可能元についてT(効率性と賃金支払い総額)

ふたつの生産規模ベクトルでおなじ生産ベクトルを与える
   y = s A = t A, s I ≦ q , t I ≦ q
という関係を満たす s と t を取ってみよう。

ある正のw, pで A p ≦ I w を満たすものについて
  <s, A p> = <s, I w>
が成り立っているとする。もしw, pが、世界の賃金率価格体系であるなら、生産規模ベクトルsでは、w, p に関し、価格競争的な技術のみが稼動している。

いま、t については、反対に
  <t, A p> < <t, I w>
だとすると、
  <s I, w> = <s, I w> = <s, A p> = <s A, p >
     = <y, p> = <t A, p> = <t, A p> < <t, Iw> = <t I, w>.
全体として
  <s I, w> < <t I, w>
が従う。これは、以下のことを意味する。

☆ s I の総支払い賃金額が t I の総賃金支払い額より小さい。

これは、以下のようにも言い換えられる。

いま、wは正であるから、各国の労働を賃金率ベクトルwで重みをつけたとき、重みつき総雇用量(支払った賃金で測った総雇用量)は、生産tの方が生産sよりも大きい。

世界全体でw, pという賃金率・価格体系が一義的に成り立っているとすると、労働者全体への支払い総額は、生産sより生産tの方が大きい。

価格評価による見かけ上の効率性は、労働者の取り分を少なくする。経営者の取り分は、逆に生産s[じつは0]の方が生産t[じつは負、要求水準以下]より大きい。

☆補注☆
生産規模ベクトルがsとtとおなじでも、wとpとを取り替えて(賃金率価格体系がかわり)、  <t, A p> = <t, I w>
が成り立っているとすると、同じ生産規模でも、(支払った賃金で測った)tの重みつき総雇用量は、生産sよりも小さい。

(3)極大元でない生産可能元についてU(2重構造の必然性)

(2)で述べたことを別に表現してみよう。もういちど、同じ状況を考える。

ふたつの生産規模ベクトルでおなじ生産ベクトルを与える
   y = s A = t A, s I ≦ q , t I ≦ q
という関係を満たす s と t を取る。純生産ベクトルyは極大元ではないとする。

ある正のw, pについて
  A p ≦ I w
とする。また
  <s, A p> = <s, I w>、 <t, A p> < <t, I w>
が成り立っているとする。

もしw, pが、世界の賃金率価格体系であるなら、

@生産規模ベクトルsでは、w, p に関し、価格競争的な技術のみが稼動している。
すなわち
   A p ≦ I w
であるが、もし
   (A p)_u < (I w)_u
ならば、s_u = 0. このとき、y = s A は極大元ではないから、
  <y, p> < <q, w>.
ところで
  <y, p> = <s A , p> = <s, A p> = <s, I w> ≦ <q , w>.
したがって
  <s, I w> < <q , w> すなわち <s I, w> < <q , w>
でなければならない。したがって、この場合、かならず失業が存在する。

A生産規模ベクトルtでは、
A p ≦ I w かつ <t, A p> < <t, I w>.
よって、ある技術uについて
 (A p)_u < (I w)_u かつ t_u > 0.
したがって、もしw, pが世界の賃金率価格体系であるなら、技術uをもちいる産業では、企業は
 @企業は標準的な上乗せ率を確保できずに操業している。
言い換えれば、自社の製品価格を世界価格p^(J[u])に引き下げて
 (A p')_u = (I w)_u
を実現している。
 A労働者をC[u]国の標準賃金率w^C[u]以下の賃金ではたらかせて
 (A p)_u = (I w')_u
を実現している。

これより、 A p ≦ I w かつ <t, A p> < <t, I w> の場合、
かならず何らかの意味で、2重構造(2重の製品価格をもつか、利潤率あるいは賃金率が標準以下で操業している)をもつ。

(4)移行過程T(一挙に移行できない理由)

生産技術の体系A, Iとが与えられている。

純生産yは極大元ではないとする。いま、かりにyから極大元zに移行する過程
   y(1), y(2), ... , y(T-1), z
があったとする。なんらかの理由で一挙には極大元に移行できないとするなら、その過程では、上記(2)および(3)の状況にある。つまり、失業か2重構造が出現している。

一挙には極大元に移行できない理由は、以下のように多数ある。失業か2重構造かという状態は、非常に普遍的に存在することになる。


一挙に極大元に移行できない理由:

@極大元は多数ある。どの極大元に移行するか、合意・予想がなく、模索状態である。

A信用がなく、移行を一挙に完了させるに必要な資金がない。

B産業間の移動に当たっては、労働力は訓練が必要で、それは受け入れ側の労働力の一定率を超えることはできない。

C増産には原材料あるいは固定資本設備が必要であり、一挙には必要な投資ができない(蓄積不足)。この場合、労働力のみが数量制約ではなく、資本の存在状態も、当面の生産規模を限定する制約となる。

極大元に移行できたとすれば、(消費者の需要をどう定式化するかには、さまざまな変種がありえるが)新古典派の想定する一般均衡が成りたつ。しかし、そこにどのように到達できるかについて、一般均衡理論は(一国経済であれ、多数国経済であれ)ほとんどなにも語っていない。

Walrasの模索過程は、価格と需給がすべて調整されるまで、オークショニア(市場の競人)の調整が進む(裏からいえば、すへで調整されるまで、取引はなにも行なわれない)ということを意味し、(理論内部ではあれ)現実におこなわれる移行過程を示すものではない。

純粋な需要関数についていえば、Sonnenschein-Mantel-Debreuの定理が成りたつ。これによれば、ワルラス法則を満たす任意の連続関数に対し、標準的な特性の効用関数をもつ消費者たちの世界で(正象限の任意の内部閉集合において)いくらでも近い総需要関数が存在する。

この結果は、以下の3論文で示された。
Sonnenschein, Hugo 1973 "Do Walras' identity and continuity characterize the class of community excess demand functions?" Journal of Economic Theory, 6:345-354.
Mantel, R.R. 1974 "On the Characterization of Aggregate Excess Demand," Journal of Economic theory, 7, 348-353.

Debreu, G. 1974 "Excess Demand Functions", Journal of Mathematical Economics, 1, 15-21.

これにより、仮想的なWalras過程すら、一般には収束するとはかぎらない(かならず、不安定発散的となる)ことが分かる。新古典派一般均衡理論は、移行過程にほとんどなんの示唆も与えない。

(4)移行過程2

ふたつの生産規模ベクトルで
   y = s A, s I ≦ q
という関係を満たす s を取ってみよう。純生産ベクトルyは極大元ではないとする。いま、zが極大元の一つで、正の賃金率・価格体系w, pによって
   A p ≦ I w かつ <z, p> = <q, w>
となっていたとする。(このようなw, p はかならず存在する。)

このとき、
  α = <y, p> / <z, p>
とおこう。貿易開始に大きな意義があり、小さなα(たとえば、0.5)が得られたとしよう。

このとき、
  生産の系列
    y = s(0), s(1), ... , s(T-1), s(T) = z
が得られたとすると
    < s(k) A, p> / <z, p>

    < s(k) I, w> / <q, w>
が得られる。

これがα近くから、1にあがっていく様子にはなんらかの意義があるだろう。ベクトルzとA, wとが A p ≦ I w かつ <z, p> = <q, w> となっているという仮定は、zとA, wとがある極大状態にあること、生産の系列がその極大元に向かっていることを仮定している。しかし、多数ある極大元の中から、どのように(あるいはなぜ) zとA, w とが選ばれたかについては、ここでは問題にしない。どんなメカニズムで、zとA, wに近づくにせよ、以下の考察は有効である。

ここで
    A p ≦ I w
だから
    < s(k) A, p> ≦ < s(k) I, w>.
したがって、<z, p> = <q, w>に注意すると、
    ( < s(k) I, w> / <q, w> , s(k) A, p>/<z, p> )
をプロットすると、これは45度線より下にくる。つまり
    < s(k) I, w> / <q, w> ≧ s(k) A, p>/<z, p>.        [*]
これはなにを意味するだろうか。

名前: たとえば
  < s(k) A, p> / <z, p>  生産達成率
  < s(k) I, w> / <q, w>  雇用達成率

@うえの
    < s(k) A, p> ≦ < s(k) I, w>.
において、もし
    < s(k) A, p> = < s(k) I, w>
とすると、
        A p ≦ I w
だから
    <s(k), A p> = <s(k), I w>.
これは競争的技術のみが稼動している状態。このとき、
    ( < s(k) I, w> / <q, w> , s(k) A, p>/<z, p> )
は、45度線に接触するが、それはむしろまれな状態か?

A雇用優先の原理?
どのように極大状況に接近するにせよ、不等式[*]が成立する。
これは生産達成率を上げるには、雇用達成率を上げなければならないこと、つまり「雇用優先の原理」を顕しているかもしれない。

(5)補足:ケインズおよびポスト・ケインジアンとの関係

@賃金単位の雇用量
(2)の補注を思い出してみよう。
  <t, A p> = <t, I w>
はどう解釈できるか。これを(2)では「(支払った賃金で測った)tの重みつき総雇用量」と表現したが、これはケインズのいう「賃金単位の雇用量」の概念とおなじかもしれない。

☆これは、国際貿易状況でなくて、一国内の労働に数種類があって、それらがことなる賃金率をもつ場合に拡張できるだろうか。

A価格付け関係
講義では、企業は要求マークアップ率をもち、それ単位あたりで、それ以下の価格で販売せざるを得られないとき、非競争的とした。これが「標準コストプライシング」や「目標利益プライシング」になっても、原理上の変更はない。

ただ、マークアップ率等は、絶対的に一義的なものではなく、市場の競争状況によって、変動しうる[あるいは、ある程度の幅をもちうる]ものである。したがって、輸出先国の市場が競争的であり、競合商品の価格が自企業の通常計算される製品価格より低い場合には、とうぜんマークアップ率を下げて輸出することもありえる。したがって、2重価格的状況は、輸入品との競争によってのみおこるのでなく、輸出のための競争においてもおこる。

☆このようなメカニズムによって、価格に10%程度の幅ができることは、大いにありえることであろう。場合によっては、その幅はもっと大きいかもしれない。

☆世界の貿易状況をながめるとき、多くの国で、多数の財が並行して生産され続けている。このような観察から、リカード・スラッファ理論における極大状態の意義が再解釈される。これは、けっして、理想的でも、現実的でもないかもしれない。





国際貿易論 第13回

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